3.11 メモリアルドライブ

6年目の追悼
日本5周目・92回目のドライブ
実行日:2017.3.11
実行人数1名
走行距離:420km
東日本大震災の発生から6年。ちょうど週末なことを利用し、被災地を巡り、追悼イベントを見に行こう。
前のエピソード 南三陸ドライブ2017・冬(5-91)
次のエピソード 約束の地・横浜へ(5-93)


2017年3月11日。
今日は、2011年3月11日の東日本大震災からちょうど6年経つ日です。
被災地の各所では、メモリアルイベントをしていることだろう。
今日は被災地を中心にドライブしつつ、6年目の今をちゃんと見ておきたいと思います。


朝の4:30に起き、シャワーを浴びて目を覚ましたら、夜が白むのと同時に出発です。
シャワーで温まったつもりだけど、やっぱ寒ー!気温-3℃だってさ。
起き抜けにこれはテンションも上がり切らんわ。「やっぱ布団に舞い戻るわ」って言っちゃいそうになるもん。
でも意を決して出掛けましょう。

5:22 石巻出発


                   
夜明けとともに

いやー、もう春だけども、出発しようとしたら愛車の"浜さん"のフロントガラスがバリッバリに凍っていてさ。
溶かすのに10分近くかかってしまったよ。ガタガタ震えながら溶けるのを待っていたよ。

まずは、盛岡でも行こうかなー。朝ご飯にじゃじゃ麺でも食べようかなー。
最近は三陸の海岸線ばっかだから、ちょっと違うテイストも混ぜたいもんな。

そんでいつものように三陸道の最寄りのICに向かったら、この時期は夜間工事で通行止めなのね。
一般道かよ、チックショウ!年度末はどこもかしこも工事だらけだもんな。
しょうがない。東北道までは下道で頑張って走るよ。
薄暗い中に見える田畑は、霜で真っ白く浮かび上がっている。寒々しい景観だ。


                     
真っ白い世界                             霧に突撃

まずは国道45号を登米方面に北上。
20q程走って登米の町に辿り着いたら、国道398号をメインに使い、北西にある東北道の若柳金成ICを目指します。

まだほとんど車の往来も無い、早朝の田園地帯を駆け抜けます。
前方にすごい霧が出現して焦ったり、霧を抜けたら朝日が出現したり。
そんなこんなで自宅を出発してから1時間。東北道に辿り着くことが出来ました。


                 
霧の向こうは朝日                    ここから高速道路

6:21 東北自動車道 若柳金成IC

高速を走りながら考える。
朝ご飯は当初考えていた通り、盛岡のじゃじゃ麺。調べてみたところ、じゃじゃ麺発祥と言われる「白龍」が一番朝早くから営業していて、朝9時のOPENだったな。
ちょっとこのペースでは早すぎる。高速を使うと、ここからは1時間ちょいで盛岡だろう。
花巻あたりで一般道に降りようか。そしてテキトーに観光しながら盛岡に向かってみるか。


7:05 花巻PA


       
すごい快晴                 雨ニモマケズ

すっかり朝になり、メッチャ怖いくらいの青空だね。でも、まだ気温は-2℃なんだぜ。凍えるよ。周囲は雪だし。
基本的な設備はトイレしかないPAだけど、"宮沢賢治"の"雨ニモマケズ"の文面が本人の筆跡のまま掲示されていました。
花巻は「の出身地だもんね。僕も日本0周目では、花巻の「宮沢賢治記念館」に行ったよ。
そして"雨ニモマケズ"の巻物みたいなヤツを記念に買ったよ。たぶんまだ実家にある。

ちょっと地図を確認し、花巻駅の近くに「イギリス海岸」っていうネーミングの河川敷があるのでそこに行ってみようと思います。ツーリングマップルに掲載されているので、前からどんなところか興味はあったんだよね。


7:12 花巻南IC

一般道へと降りました。
ここから2kmほど東に行くと花巻駅です。外観くらいは見て行こうかな。


<花巻駅>
7:18 花巻駅

 
宮沢賢治所縁の地

デッカく"花巻駅"ってロゴがくっついているのがカッコイイ。
あとはなんか、こういうスポットだから宮沢賢治の像だとか宮沢賢治の作品の絵だとか、そういう様子があればいいなーと思って駅前をキョロキョロするんだけど、そういうのは無いのね。
ゴメン、マンガの町である石巻の感覚で思いこんじゃったわ。石巻は"石ノ森章太郎"のキャラクターがモリモリ溢れかえっているもんな。

ロータリーの端には"やすらぎの像"っていう第二次世界大戦の追悼のための像があったんだけど、ちょっとそれは僕が求めているイメージと違う。よし、まぁいいや。「イギリス海岸」に行こう。



       
 宮沢賢治発見!            住宅地を縫うように

「イギリス海岸」を示す道路標識の中に、河川敷を歩く賢治さんいたね。やった。
そして、駅の少し東を流れる「北上川」に向かって結構な狭さの住宅地に突入します。わー、狭い狭い!
そんで「北上川」の土手の直下に1台だけ車が停められそうなスペースと公衆トイレがあったので、そこに浜さんを停めました。


<イギリス海岸>
7:25 イギリス海岸

ところで、ぶっちゃけここはイギリスではないし、海岸ではありません。
日本の「北上川」の河川敷です。河川敷なのに"海岸"というユニークなネーミング。
宮沢賢治がここを気に入って、作品の中でも『全くもう イギリスあたりの白亜の海岸を歩いてゐるやうな気がするのでした』とかファンタジックなことを書いていることが由来だそうです。

ホントかー!そうなのかー!そんな期待を込めて「北上川」を眺める。


         
理想の海岸                                 現実の海岸

うおっ、案内板と現実の河川敷、違い過ぎるじゃないか。
水がジャバジャバですぞ。こんなんじゃあ、ケンジも「白亜の海岸を歩いてゐるやうな気がするのでした」とか悠長なこと言ってられずに太平洋まで流されちまうぞ。
「これはどういうことだろう」って思い、説明板を読み、さらにベンチに座って手元でネット検索して実情を把握した。

イギリス海岸は常に上の説明板のような写真で出現しているわけではない。むしろ、出現しない。出現させるには、多大な労力が必要となる。
9月21日が宮沢賢治の命日なので、1年に1回その日だけ、イギリス海岸を出現させるプロジェクトがあるのだそうだ。
しかもこれが大変。ダム5つと発電所が連携し、川の水位を極限まで下げるのだ。
この試みは10年前から実施しているんだけど、ちゃんと成功してイギリス海岸が出現したのはわずか4回。
なんというロマンイベントなのだよ…。


                       
河川敷を歩く

まぁでも早朝の河川敷を散歩するのは気持ちよかったから、それはそれでいいや。
石巻でも河川敷散歩くらいはできるけどな。ここと同じく「北上川」もあるし、なんなら「旧北上川」もあるから、それだけなら花巻に来る必要はないけどな。


「イギリス海岸」から2kmほど北に行くと、国道4号に乗ることが出来ました。
あとはこの国道をずっと北上すれば盛岡だね。目ぼしいスポットがあったら寄り道するけど、原則この国道をキープしよう。
国道4号を北上していると、間もなく道の駅が出現。ここは今まで立ち寄ったことなかったよね?


<道の駅 石鳥谷>
7:59 道の駅 石鳥谷


                 
酒蔵デザインの道の駅

どうやらここ石鳥谷が酒造りが盛んな町。そんなわけで道の駅の建物も酒蔵をモチーフとしているのだそうだ。
そして"南部社氏の里"と書かれた高い櫓が聳えている。
ここでトイレ休憩。敷地内は雪が結構残っているね。グルリと一周歩いておきました。


さらに国道4号を北上。特に興味を引かれるスポットもないまま、スイスイと盛岡の中心地近くまでやってきてしまいました。
でも、間もなく時刻も8:50。
目指すじゃじゃ麺の「白龍」が9時開店であることを考えると、ベストな時間帯の到着だな。


       
旧盛岡銀行本店            市街地のコインパーキングへ           路地に入る

8:56 盛岡の駐車場

「白龍」はコテコテの路地の中にあるので駐車場がない。前回は少し離れた広大な地下駐車場に停めたんだけど、地下に入るのってなんだか面倒。
どっかにテキトーなコインパーキングは無いかなーって思ってキョロキョロしながら走っていたらそんなのは無くって、「白龍」から随分離れてしまった。ターンして引き換えし、結局400mほど離れたコインパーキングに駐車しました。まぁいいか。


<「白龍」>
9:04 「白龍」

まだ朝の静かな昔ながらの路地。そんな中でこの白龍だけが既にのれんを出しています。
開店からわずか4分。うん、いいタイミングだ。
…って店内に入ると、ほぼギュウギュウで焦った。開店と同時にこれですか。正直ナメていたわ。
全部で20席ほどで、うち12席ほどが4人掛けのテーブル席。
幸いカウンター席にギリッギリで空きがあり、そこを店員さんに案内してもらえました。隣の人と肩がぶつかるくらいに狭いけどな。まぁ座れればよし。

 
狭いお店は朝から繁盛

メニューは基本的にじゃじゃ麺のみで、当然僕はそれをオーダーしました。サイズは、小450円・中550円・大650円とか、そんな感じ。安いね。
僕は控えめに小をオーダーしました。前回の「岩手秋田内陸ドライブ(5-49)」のときはなぜか大を頼み、死ぬほど満腹になってその後もずーっと苦しかったもんな。あの過ちは、2度と繰り返してはいけません。

ゆで時間は15分とのことで、結構待った後に登場。
極太の麺が皿にに山盛り。その上には肉味噌とキュウリのみじん切り。
麺の上に乗っかっている味噌を麺によく混ぜる。でもこれだけでは味が薄いので、みんな自由にテーブルの上の調味料をかけ、自分好みにアレンジするのです。このアレンジこそが、じゃじゃ麺の醍醐味。



                
 2度目のじゃじゃ麺                        チータンスープ

僕は前回の経験でラー油ベースが好みだとわかった。
ラー油を多め、お酢とショウガを少し、そして今回はちょっとだけニンニクも追加だ。
これをグッチャグッチャに混ぜました。見た目は悪いけど、これが流儀。

そしてシメはチータンスープ。あえてじゃじゃ麺をお皿に少しだけ残した状態で、お皿に生卵を割って入れてよくかきまぜる。
これをカウンターに置いて「チータンお願いします!」って言うと、お店の人が追加の肉味噌を投入して茹で汁を注いでくれて、玉子スープになるの。見た感じ、ほぼ全員がこれをオーダーする。
ふぅー…、小でも満腹だ。大を頼むヤツなんて、アホだ。前回の僕はアホだった。


<岩手公園>
9:38 岩手公園

じゃ、食後の散歩だ。前回と同様に、歩いて1・2分の岩手公園を散歩しよう。
ここは「盛岡城」の城跡だよ。雪が少し残るお堀はとっても絵になりました。晴天の雪景色は最高だ。


       
雪の中のお堀                                雪原に聳える石垣

前回は歩かなかった、石垣を見上げる広場にも行ってみました。
広場は今は一面の雪原。足首近くまで雪が積もっているよ。市街地はほとんど雪は残っていなかったけど、そこからほんの数分歩いたらこれだよ。雪かきしないと3月中旬なのにこのレベルなのね、盛岡…。

ブーツなので深雪の中をザクザク歩いて雪の感触を楽しむ。
ひとしきり雪を満喫した後、城跡内に足を踏み入れます。ここも雪が多い。斜面が多いので、ツルツルに滑る。


          
雪遊び                                石垣を登る

石垣の上は平らで広大な敷地。えっと、ここが本丸なのかな?
今は枯れ木だけど、これは桜だよね?春になればここ、綺麗なのだろうなぁ。
石垣の上を歩き回り、町を見下ろしたり、"石川啄木"の歌碑を見つけたり。
「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」って書いてあった。きっと啄木は、ここで寝転がっていたのだろう。


       
 石垣の上からの町         YAMAと啄木の歌碑


9:55 出発

では出発です。コインパーキングは1時間単位だからね。あと1分で料金が追加されちゃう。
危ない危ない。小走りで駐車場に戻り、ギリギリの出発でした。
出発してものの数分で、町にチラチラと粉雪が舞い始めました。あれ、お天気雪だね。やっぱ寒いよね、今日は。

んで、勢い込んで出発したのはいいけど、これからどこに行こうか。
国道106号で宮古の海岸線?いや、そこから南下して家まで帰るのが遠いな。今日は19時くらいには帰宅しないといけないし。
遠野…も、1年半前の「岩手秋田内陸ドライブ(5-49)」で行ったから、まだしばらく行かなくていいしなー。
まぁでも、来た道を花巻に引き返すのもナンセンスなので、とりあえず遠野方面に走るか。

雪の山々を遠望

国道396号を南東に走る。この国道を辿ると"遠野物語"の舞台の遠野の町に出る。
そこからさらに分岐し、釜石・大船渡・陸前高田のいずれかの海沿いの町に出ることができる。
うーん、その3つだったらどこに行こうかなー。どこれも昨年訪問したばかりだし…。
時間との兼ね合いで決めていこうかな?


<道の駅 紫波>
10:27 道の駅 紫波

国道396号沿いにある道の駅へとやってきました。さっきはここからわずか3kmほど西にある、国道4号沿いの紫波中央駅近辺を走っていた。通る道は違うけど、今のところは大体花巻に向かって引き返してしまっているイメージね。

 
フルーツの里

ここでツーリングマップルを開き、今後のシナリオを考える。
このまま国道396号をずーっと南東に走り、花巻の町の東あたりに出ると、「岩根橋」・「田瀬ダム」・「めがね橋」などのスポットがいくつかある。
特に「岩根橋」と「めがね橋」は、宮沢賢治の"銀河鉄道の夜"のモチーフになった橋なのだそうだ。
それは是非見てみたいものだね!


 
雪の積もる岩手内陸部

このあとはずーっと、雪の残る山間部を南下し続ける。特に立ち寄れるようなスポットもありませんでした。
そのかわり、どこまでもスイスイと走れました。
花巻エリアに入ったところで、県道161号を経由して国道283号に出る。
西に進路を変え、直後に出てくる橋が「岩根橋」だそうです。


<岩根橋>

11:22 岩根橋

しかし、車を停めるスペースが全くなく、どこがどう橋なんだかもよくわからないまま、西方面にスルーして1kmほど先の岩根橋駅近くまで行ってしまいました。
もう1回チャレンジしよう。僕がこの後向かいたいのは東方面なので、どのみちUターンしないとだし。

ゆっくりゆっくり、停車できる場所を探しつつ岩根橋に向かう。
岩根橋、どれだかわかった!国道と併走する鉄道の橋だ。てっきり国道そのものが岩根橋かと思ったけど、本物は国道の数m右手の空中にあった。国道にはわずかな駐車スペース、そしておそらく岩根橋について何か記載のある説明版。

…しかし!肝心な岩根橋と併走する国道区間が工事中!
駐車スペースに入れないし、工事の誘導員のおじさんが「はい、そのまま走って走って」みたいな感じでこっちをガン見しながら誘導棒を振っているし。こんなシチュエーションでは、一瞬停車することすら難しい。
そんなわけで、岩根橋は写真すら撮れずに通過してしまいました。なんだか悔しー!


<道の駅 みやもり>
<宮守川めがね橋>

11:29 道の駅 みやもり

 
ホームセンターあります

「岩根橋」からちょっと東に行った国道沿いの道の駅にやってきました。
なんかここ、敷地内にホームセンターありますぜ。こんな道の駅は初めてだ。

しかし僕の目的はホームセンターではありません。この道の駅のすぐ隣に架かっているめがね橋です。
正式名称は"宮守川橋梁"。だけどもめがね橋の名前で親しまれているそうだ。
とはいっても、"めがね橋"だと全国にたくさんある。なので当サイトではこれらを融合して"宮守川めがね橋"って表記させていただきました。

さっきここの道の駅に入る直前、国道を跨ぐこのめがね橋の下をくぐったのです。
「岩根橋」は車を停めることすらできずに失敗したけど、このめがね橋は道の駅の敷地からゆっくり見れるぞ。


                             
 銀河鉄道の舞台

年季の入った石造りの橋。これは2代目で、1943年に造られたものなのだそうだ。
それでももう築74年。いい感じの経年劣化が見られています。

これが、宮沢賢治の"銀河鉄道の夜"のモチーフとして有名な橋。調べたところによると、イベント時には夜に七色にライトアップされ、そこを列車が走る様子はまさに銀河鉄道。
さらに、花巻から釜石間をSLが走ることもあるしね。その様子も、いつか見れたらいいなぁ。


国道283号をさらに南東に行き、国道107号に乗り換えて遠野の中心地直前で南に進路を取ります。
時間的に、このあとは陸前高田に行こうと思う。そのあとは、宮城県の気仙沼。その気仙沼の復興仮設商店街か復興屋台村でランチにでもしようかなーって考えた。


    
   太平洋を目指す           エヴァ的な工事看板

途中で"エヴァンゲリオン"風の工事看板見つけたー!これ、知ってるー!最近ちょっと有名なヤツだよね?
花巻市の「たかしん興業」ってところが使っている、かなりレアなヤツ。

黒地に白や赤文字のデザインが一番それっぽい気もするけど、僕が見つけたのは白地バージョン。いきなり「第八話」でそれはわけわらんけど、看板の内容はわかるし目を引きやすい。
「エヴァ 工事看板」で検索すると、花巻各地で目撃されたもっとかっこいいエヴァ工事看板がたくさん出てきます。とりあえず1つ見つけられてよかった。


国道107号でずーっと山間部を南下。南10kmも一気に走る。
やがて道は国道340号と合流します。この道をさらに南下すれば、太平洋沿いの町、陸前高田です。

 
そして陸前高田

陸前高田は東日本大震災の津波で市街地が壊滅的なダメージを負ってしまった町。
未だに嵩上げ工事の真っ最中で、海付近は人家も施設もほとんどありません。ただただ茶色い土が盛られた、アリゾナのルート66みたいな光景が広がっています。


<奇跡の一本松>
陸前高田に来たからには、奇跡の一本松を見て行こうか。
昨年夏の「岩手県鍾乳洞巡り(5-74)」でも来たばかりなので記憶に新しいが、3.11に訪問するのはまた他の日と違った意味合いもあるだろう。海近くの「高田の松原」のあったエリアに浜さんを停めました。

12:45 奇跡の一本松

 
一本松への歩道

嵩上げの工事をしている現場の中を駐車場から10分ほどテクテク歩きます。
2年半前の「東北一周ドライブ2014(5-23)」ではこの地は縦横無尽に張り巡らされた土砂運搬用のベルトコンベアがあったんだけど、土砂運搬作業がひと段落したのか、すっかり撤去されています。
前回の訪問時にはまだあった、土砂運搬用の巨大橋梁の「希望の架け橋」もなくなっていた。希望、どこいった??

しっかし寒いな。海沿いだからかな?強風で手がかじかむよ。
一面工事のフェンスが張り巡らされている中を歩いていると、一本松が見えてきました。


                         
最後まで残った松

ここはかつて「高田の松原」があった場所です。
2011年までは、ここに7万もの松が植えられていて、日本百景に認定されたりもした。観光客は年間100万人にも及んでいた。
しかし2011年3月11日の東日本大震災に伴う10mを超す津波により、たった1本を残して全ての松が消滅してしまったのだ。
それが"奇跡の一本松"として有名になった松。

僕も「岩手県海岸線全走破(4-32)」でその様子を見に行きました。だけどもそのわずか1ヶ月後、最後の1本の末も海水の影響で枯死が確認されちゃったんだよね。
で、引っこ抜いて解体して、人間でいうところのエンバーミング的な処理を施してまた元の様に組み直したのがこれなのです。


     陸前高田ユースホステル                         
 松原の名残り

一本松の後ろに見えているのは、津波に破壊された「陸前高田ユースホステル」。
2011年に見たときのまんまです。このまま震災遺構として残される予定なのだそうだ。しかし、その後ろには今後の津波を食い止めるための高い防波堤が出来つつある。
そのうちここの景観も大きく変わってしまうだろうな。海が見えるのは、きっと今のうち。

その横には、わずかに「高田の松原」名残りの、朽ち果てた松が見えます。
7万本もあった松が、津波で全滅してこんなになっちゃったんだね。そう考えると、奇跡の一本松は本当に奇跡だね。


<道の駅 高田松原>
13:25 道の駅 高田松原

「奇跡の一本松」から見える位置にある、陸前高田の道の駅にやってきました。
ここも震災で壊れたままであり、震災遺構として残されています。


                   
   震災遺構の道の駅                      破壊された建物を見上げる

ここは僕も震災前から立ち寄っていたね。内部に展示してあった、陸前高田の"けんか七夕"の山車を良く覚えている。
それだけに、震災半年後の「岩手県海岸線全走破(4-32)」で変わり果てた姿を見たときのショックは大きかったよ。あのときはまだ周囲もグッチャグッチャのヘドロの山だったもんな。

見学していると、町内にアナウンスがかかった。
震災発生時刻の14:46になったらサイレンを鳴らすので、みんな黙祷して欲しいそうだ。
あと1時間20分…。どうしよう?僕はもうちょっと移動しておきたいな。1時間20分の滞在は長い。かといって、14:46の時間は大切にしたい。
ここから南に走り、宮城県の気仙沼までなら1時間で余裕だろう。僕、気仙沼で14:46を迎えようかな?


                    
内部は当時のまま                          残ったパネル

足の踏み場もないほどのガレキ。天井も壁もダイナミックに崩壊しています。2011年に見たときとまったく同じまま。若干、床のガレキが撤去された程度です。
あのときは自己責任で内部まで入れたけど、それはまだそういう規制すら充分にできる状況ではなかったからだろう。今は当然立入禁止です。

敷地の隅には、津波で破壊された松の木がゴロンゴロンと展示されていました。
そして一緒に松原があったころの写真も。悲しいね。こんなに壮大で綺麗な松原だったのに。


                     
被災松の展示

あと、駐車場内には小さな追悼施設もありました。これは初めて見るな。内部も見て行こう。

内部には慰霊碑があり、たくさんの花や千羽鶴が供えられていました。
そして壁には、震災前後の写真。建物がビッシリ建っていた地も、津波でただの荒れ地になってしまっています。
駅前通りも、同じ構図の写真なのに頑丈な鉄筋コンクリの施設1つを覗いて全部ガレキの山と化している。痛ましい。


                    
 追悼施設内部                       消えた駅前通り


では、気仙沼に向けて出発します。
なんかこの近辺、嵩上げが進んでどこがどこだかわからなくなってきたけどな。そういやこの陸前高田に住んでいたことがあるという同僚も、「嵩上げのせいで自分の家がどこだったか全く分からなくなった」って言ってたな。
「奇跡の一本松」の前も、なんか小高い丘が出来ていて、無駄にアップダウン。なんだこれ。

 嵩上げの台地を走る

国道45号を気仙沼に向かって走ります。
すぐにまた粉雪が降ってきました。風が強く、雲が現れたり消えたりで、天気も急速に変わります。


<「気仙沼復興商店街 南町紫市場」>
14:03 「気仙沼復興商店街 南町紫市場」

岩手県から宮城県に入り、気仙沼にある復興商店街へとやってきました。
ちなみに以前の「東北一周ドライブ2014(5-23)」で訪問した「気仙沼 鹿折復幸マルシェ」っていう復興商店街とは別物ね。あそこは僕の訪問から1ヶ月後で営業終了しちゃったから。こっちに来るのは今回が初めてなのです。


             
      大規模な仮設商店街                          店がズラリ

ここはかなり大規模なんだねー。大きなプレハブ2階建ての建物が狭い敷地の中に何棟も立ち並んでいます。離れみたいなエリアもあります。
内部を歩いてみました。八百屋さん・美容室・服屋さん・刃物屋さん・そして酒屋さんなど、なんでもある。観光客向けではなく、まさにここに生きる人たちのための商店街。

…だけども人、少ないね…。正直3.11のこの時間なのだから、もっと追悼イベント的な感じで活気があると思っていた。今現在においては相当に人がまばらだ。
TVカメラはスタンバイしているけどね。2社ほどいた。どうやら離れのエリアのステージで、もうちょっとしたらイベントを実施するそうだ。


              
       路地の中を歩く                            離れの建物

震災発生の14:46まではあと30分ほど。それまでにランチを済ませる案もあるけど、この商店街はあまり観光客向けのお店が無く、ちょっと惹かれるものがない。どうせだったら海鮮丼とか、ベタなものを食べたいんけどなー。
ここから1・2kmのところには「復興屋台村」っていうプレハブの食事処が集まった横丁があるんだけど、そこまで行ってまたここに帰ってくるのは時間的に厳しそうだし。
むしろ、ぶっちゃけ今はお腹が減っていない。今朝食べたじゃじゃ麺がすごすぎてさ…。

まだ時間があるので、一旦車内に戻って各所に電話するなどの事務手続きをして時間を潰す。
そして14:30を回りました。震災発生時刻まではあと15分ほど。ここいらでステージを見に行ってみますか。


                         
ステージでの献歌                       メモリアル

ステージ前に行くと、ロックボーカリストの"朴保さん"の献歌が行われていました。
あ、でもちょっと人が少な…。
そして付近の商店から有線BGMがガンガン流れているので、朴保さんの歌がかき消されちゃうんだよね…。せっかくいい声で歌っているのに。商店街のBGM、止めればいいのにー。
あるいは、僕がもっとステージに近付けばいいのかもしれないけど、あくまでアウェイなので遠巻きにするっす…。

そして次は復興商店街理事長による挨拶。ここでBGMも止まりました。
各店舗からも従業員の人たちが出て来たし、付近の人もステージ近くに集結する。


                      
理事長の挨拶

震災が来て、全てが失われて、それでも立ち上がってきた人々の歴史。非常の心のこもったスピーチ。
もともと縁もゆかりも無い僕だけど、被災地に引っ越してきて、そして今日のこの時間にここにいるってことを大事にしたい。
この復興商店街は、来月末で閉鎖となる。今年が最後の3.11なんだ。

そして、運命の14:46。町にサイレンが鳴り響く。僕らは理事長の合図と共に1分間の黙祷をする。
色んな思いが去来する。
もう6年だけど、まだ6年だよね。どれだけ長い道のりを歩むことになるのだろう。でも、進まなければならない。未来を見れなかった人たちのためにも。

雪がまたチラチラと降り始めた。凍えるほどに寒いけど、これもまた思い出。

 
ゴスペルでの献歌

続いて、"GONZA&FRIENDS"っていうゴスペルチームの追悼のゴスペルソング。
有志のチームで、この2日間各地の被災地を回って歌を届けてくれているんんだって。力強い歌声、沁みた。

そして僕は出発する。次はすぐ近所の「復興屋台村 気仙沼横丁」に行ってみよう。


 
まだ空き地の多い気仙沼


<「復興屋台村 気仙沼横丁」>

15:10 「復興屋台村 気仙沼横丁」

はい、一瞬で到着しました。ここは観光客向けなテイストも強い、食事処の集結した仮設屋台村です。
正直、まだ盛岡でのじゃじゃ麺がお腹にいる。この時間なのに全然お腹が空かない。
でも、記念にどこかで何かを食べたいなって思いが強くってここに来ました。そして何よりこの屋台村、3月20日で閉鎖なのですよ。あと9日間しかない。
だから今回見ておかないと、2度と見れないのだ。ちゃんと復興の歴史を感じるためにもここはぜひ立ち寄っておきたいと思っていたのだ。


                      
仮設の横丁                        プレハブが立ち並ぶ

もう15時なので、営業している食事処は無いかもなーと懸念しつつ横丁に足を踏み入れる。
うん、想像通り軒並みクローズだ。中にはもう閉鎖間際なのでお店を畳んでしまっているところもある。調べたところ、多くのお店のランチ営業は14:00までだったみたい。

残念ながら、ここではご飯は食べれないな。夕方の営業も17:00からだそうだし。
せめて商店を歩き、この雰囲気だけでも感じ取っておこう。


                     
最期を迎える商店街                    6年間の歴史の終わり


では、ここからは石巻方面を目指したいと思います。
石巻の復興のシンボル、「がんばろう!石巻」の看板前では、日没直後に燈篭によるライトアップが行われ、さらにその後は追悼花火の打ち上げもあるのだ。

ここのライトアップだけは、石巻に住む者として見ておきたい。あまり時間が多遅いと燈篭も撤去されてしまうだろうから、まだ空が若干明るいくらいの時間に到着したい。…となると、17:30〜18:00到着目安だろう。
あと2時間ちょっと。これは少しだけ急いだ方がいいタイムスケジュールですよ。そもそもランチ食っている場合じゃなかったってウワサもチラホラですよ。まぁなんとかなるだろうけど。


<道の駅 大谷海岸>
15:50 道の駅 大谷海岸

気仙沼の町の南部は渋滞でした。あそこ、いつも渋滞しがちなんだよな…。
そして「岩井崎」というお気に入りの岬もスッ飛ばし、この道の駅に一瞬立ち寄ることにしました。


     
 「あの日を忘れない」                残る線路               新しい道の駅の建物

わりと訪問する機会の多い道の駅。今回は1年振りかな?
初回は震災のちょうど1年前の「三陸海岸縦走(3-84)」で車中泊したんだよね。
当時は道の駅と鉄道駅がくっついていて、日本一海に近い駅っていうのをウリにしていたんだ。

だけども2011年3月11日の東日本大震災の津波で壊滅してしまった。
そして2013年の「宮城・山形ドライブ(4-77)」で再訪したときには当時とあまりに変わってしまったロケーションに愕然としたね。東北一周ドライブ2014(5-23)」のときは、天皇陛下を待つ人たちでゴッタ返す前を通過したりしたね。

「あの日を忘れない」の献花台には、多くの花が供えられていました。
その後ろは、かつてのホーム。今も少し線路が残っています。初回訪問時の面影は全くないね…。



    
  大沢ドライブイン                          陸前小泉の崩壊した線路

国道45号を南下し、思い出の場所をどんどん走って行きます。
レトロな風貌の「大沢ドライブイン」は、1年前の「宮城北部海岸線ドライブ(5-65)」で、超レトロなコスモス自販機からオモチャを購入したスポット。

そしてその後に出てくる崩壊した線路は、その先の残骸しかない陸前小泉駅へと繋がります。この陸前小泉駅は、2013年の「宮城・山形ドライブ(4-77)」にてガレキの中を歩きました。


         
伊里前復興商店街              南三陸ベイサイドアリーナ

南三陸町に入りました。つい1ヶ月前に立ち寄った「伊里前復興商店街」の脇を通過します。
ここ、嵩上げでまた道が変わったな。前回は商店街の脇スレスレを通る道だったのに、今回は数10m離れたところを走らされている。こおは前回立ち寄ったのでスルーしよう。

南三陸町の中心地に近付くと、「さんさん商店街」を示す標識が多く出てきます。トップレベルに有名な仮設商店街。天皇陛下も立ち寄った商店街。
もともとあった商店街は前回の「南三陸ドライブ2017・冬(5-91)」でご紹介の通り、閉鎖しました。
しかし、新しい地で3月3日からOPENしている。まだ8日目。
ゆっくり立ち寄る時間は無いけど、3.11なのだしOPEN直後なのだからひとめ見て行きたいなー。うん、一瞬立ち寄ろう。

「さんさん商店街」を示す標識に従って走ると、1年半前の「南三陸ボランティア(5-48)」のボランティアセンターあった「南三陸ベイサイドアリーナ」前を通過。漁師さんのレクチャーを受けながら、旅友"ニコル君"やその仲間たちと、あそこで昆布結びのボランティアをしたんだよね。


<「さんさん商店街」>
16:35 「さんさん商店街」

新しくなったさんさん商店街にやってきた!
1ヶ月前に建設中の状態を見ていたが、たった1ヶ月ですごい立派に完成している!
広いにもかかわらずかなり混雑している駐車場に浜さんを停め、内部に足を踏み入れます。


                         
木のぬくもりを感じる店舗

もうプレハブではない、しっかりした木造の商店街となっています。広い敷地にズラリと店舗が立ち並んでいる。
夕方なのでやや人は少なくなっているが、TVカメラが多かったよ。5社くらい来ていた。3.11で、かつ有名どころだもんね。そりゃ中継するよね。

グルリと一周歩いてみる。嵩上げした丘のような土地に出来ていて、裏手はその丘から川を見下ろせる。ちょうど山に日が落ちようとしているところがよく見えた。
商店街内は、屋根つきの屋外休憩所が充実。暖かくなったらここでご飯食べたら気持ちがいいだろうね。
今回は時間は無いのでここまで。また近いうちにここに来るよ。過去、「さんさん商店街」でご飯を食べるイベントでは、偶然にも全て僕にとってゲストと呼べる人と一緒。次回もそんなシチュエーションとなることを期待しよう。


         
屋外休憩所                  商店街から見た夕日


では、石巻へと急ごう。三陸道を使ってワープしよう。
出発するとすぐ、「南三陸町防災対策庁舎」の残骸が目に入ります。若い女性従業員が最後まで無線で津波避難を呼びかけ、そして自身は津波に飲み込まれて亡くなってしまったところ。
屋上よりさらに高いところまで津波が来たんだよね…。

気付いたんだけど、なんか残骸のカラーがあざやかな紅白になっている。今まではサビサビの赤銅色だったのに。
調べてみると、これが本来の色だったのだそうだ。あ、そうなんだ。いきなりハデなカラーになっていたからビックリしたわ。


     南三陸町防災対策庁舎                     
 旧さんさん商店街跡地

そして、僕が石巻に引っ越してきてから何度もお世話になった、「旧さんさん商店街」。
1ヶ月前に取り壊しが始まった様子をご紹介しましたが、今回はもう更地。さよならだね…。


17:06 三陸自動車道 志津川IC

「旧さんさん商店街」のちょっと先にある三陸道のICから無料の高速道路に乗り、石巻の中心地を目指します。
ちょうど夕日が沈もうとしている。急げばまだギリギリ明るい時間に「がんばろう!石巻」に到着できるかな…?

 
夕焼け三陸道

17:43 石巻女川IC

まだ海岸までは数qあるけど、このICが一番近いだろう。
一般道で国道398号、県道33号を使って海岸に向かいます。空はどんどん暗くなってくるぞー。

市街地では、「旧北上川」の河口近くの中州にある石ノ森章太郎記念館」の特徴的なデザインの建物が見えます。
月明かりとライトに白く照らされて宇宙船みたいに浮かび上がっている。前々から宇宙船だなーと思っていたけど、今回が一番宇宙船度が高い。


    石ノ森章太郎記念館              
海岸に急げ               「がんばろう!」を発見

そして津波に流されてほとんど更地となった沿岸部へとやってきました。
暗い時間帯は初めてなんだけど、ほぼ真っ暗だね。建物も街灯も無いもんね。
記憶を頼りに進むと、嵩上げされた土地の上の道路に入った。うお、これ前回なかったよな。来るたびにどんどん道変わるな。わけわからん。

しばらく進むと、嵩上げされた丘の上から「がんばろう!石巻」の看板を見下ろせました。
燈篭でライトアップされている。人々が集まっている。
でも!僕と看板との間には道がない!駐車場もない!ほんの100mも無い距離なのに、あそこまで行けない!
毎回道が変わっていて、パニックですよ。


                  
大迂回しながら

沿岸部をグルーっと大迂回する。荒れたアスファルトの狭い道を走り、検討を付けた方向へと向かう。
2kmほどの距離を走り、ようやく「がんばろう!石巻」の臨時駐車場と書かれた空地へとやってきました。

この先に臨時じゃない正規駐車場があるらしいが、この先は道が狭い。そして駐車場はこのイベントなので混雑しているだろう。街灯も無い中、浜さんを停めるのは苦労するかもしれない。
多少歩いたとしても、このガラッガラの臨時駐車場に停めて歩いたほうが無難だな…。


<「がんばろう!石巻」>
18:00 「がんばろう!石巻」

ほぼ真っ暗な道を歩く。正規の駐車場までも数分は、本当に人もいなくて真っ暗だった。
正規駐車場から先は、ところどころで誘導棒を持った誘導員さんたちがいる。そして多くの人々の往来がある。
そして看板の前へとやってきました。


                               
燈篭の光に照らされて

日本4周目の「宮城・山形ドライブ(4-77)」の際にここを発見してから、これで8回目の訪問となります。まだかろうじて明るい時間に到着できました。完全に暗くなる前の景色を見たかったので、ひとまずセーフ。
今日は3600個の燈篭に照らされた、追悼イベント。
この位置からでは見えないが、上空からだと看板の前に「3.11追悼」の文字が燈篭で描かれています。ドローンも飛んでいたので、きっとあれで撮影しているのだろう。

もともとここは、どこにでもあるような幹線道路沿いの店が立ち並ぶ地だった。当時を僕は知っている。
しかし6.9mの津波が押し寄せてきて世界は一変した。僕はその恐怖は知らないけど、同僚たちの心には今も深く刻まれている。少しずつでもそれを理解していきたい。


                   
未来に向けて、がんばろう


んじゃ、家に帰ろうかな?
このあとはここからちょっと西にある「三浦屋」っていう、ここいらのご当地グルメである石巻焼きそばを食べれるお店で夕食にしようかと思っていたんだけど、まだじゃじゃ麺効果でお腹が減らないんだよね。なんて恐ろしい食べ物。
「三浦屋」は、いずれの機会でいいや。野暮用を済ませて帰宅しよう。


19:08 帰宅


             僕も、あの日を忘れない




前のエピソード 南三陸ドライブ2017・冬(5-91)
次のエピソード 約束の地・横浜へ(5-93)

【日本走覇】のサイトTOPへ ⇒