道祖神の廃村・折門@ (4-48)

2012.3.18
走行距離:387km
実行人数:3名

道祖神に導かれ、やってきたのは山梨県の奥地の廃村。霧の中に浮かび上がったのは、戦国の世から続いた集落のなれの果て。

ここに村があっただなんて、信じられるかい?

8:00 横浜出発

愛車の"イオ"で横浜の片田舎を出発。
今日は山梨県の奥地にある廃村に行きます。
例によってルートはよくわからないけど、まぁ現地で探せば何とかなるでしょう。

その廃村の名前は「折門」。
実は数ヶ月前からこの日を楽しみにしていたんだ。「廃村・折門」に行ける日を。

霧の多い日

今日は曇っています。山間部では雨になるかもしれないな…。
そして霧。世界が白いですよ。

8:40 横浜市内の某所で"室伏"と合流

9:00 町田駅で"バンザイ"と合流。

今回は廃墟系企画でお馴染みの室伏、そして廃墟企画初参加のバンザイとの3人
で行きます。
国道16号を西に走り、相模原のマクドナルドで朝マックをドライブスルーで購入。
食べながら八王子方面に向かいます。


10:03 中央自動車道 八王子IC

10:54 甲府南IC

ここで高速を降りて、南側に走ります。敢えて場所のルートは記載しません。
ま、ヒントを言うと「本栖湖」の北ですね。

人里離れた山の中をクネクネとひたすら登って行く。
最後のコンビニで万一遭難した時に備えて非常食と化を買うんだけど、勝手のわか
らないバンザイはうまい棒をいっぱい買っていた。
いや、うまいけどね。1本もらった。あ、ありがとう。

山奥へ

最後の有人集落、S集落

やはり山間部なので雨がポツポツ降って来てしまったよ。
これから山の中を探索するのに雨は嫌だなー。遭難率が上がるよー。

たまーに道路脇に廃墟っぽいのが現れるんだ。僕や室伏は目ざとく見つけて「あ
れは面白ろそうな物件だ」とか「マジ魅力的」とかコメントする。
初参加のバンザイはそれに全くついて行けずに、未知の廃村に恐怖していたよ。

最後の有人集落は、「S集落」。
昔は「廃村・折門」を含め、4つほどの集落で大きな自治体となっていたみたいだ。
でも今では人が暮らしているのはこの「S集落」だけだよ。

落石襲来

冬季通行止めで通り抜け不可

「S集落」の中にある分岐を左に曲がる。
冬季通行止めのために通り抜けはできないそうだ。目的の駐車ポイントまで道が通
じているかどうかわからないけど、とりあえず進むしかないよね。

途端に激坂。そして落石がゴロンゴロンしています。
だけども道は綺麗なので定期的に整備・清掃はされているのだろうな。

襲い来る濃霧

天空を走る

眼下のS集落

激坂と落石も恐怖だけど、さらに濃霧までやってきて三重苦。
ワハハハハ、ウケる。マジで笑える。ドキドキが止まらないよ。
天気は良くないけど、このくらいのほうが冒険心が刺激されるよね。
ビビるバンザイを尻目に、僕と室伏は大盛り上がり。

さらにしばらく標高を上げると、雲が切れて眼下に山々を臨むことができた。
なんだこの神聖な眺めは。感動して3人でギャーギャー歓声をあげたわ。


崖っぷちギリギリを走るようなコースになる。すると遠くの崖に家が張り付いているの
が霧の切れ間から見えてきた。
あれが「廃村・御弟子」だ…。雲に遮られつつも少しずつ姿を現す「廃村・御弟子」は
なんだかとても幻想的だった。


<「廃村・御弟子」>
12:12 「廃村・御弟子」

謎の布

ここからは徒歩

O分校跡

御弟子集落は、今から3年ほど前の2009年に無人化した集落。またかなり新しい。
集落の至るところに謎の布がかけてあることで有名です。
妙なグラデーションの布が、道路といい畑といい車道といい、本当にどこにでもかか
っているのだよ。

今回の目的はここではありません。
廃屋もたくさんあるのでちょっと興味があるのですが、今回の目的は「廃村・折門」。
御弟子の集落はまだ無人化して新しいからそんなに朽ちていないだろうし、まだ管
理されている家も多いに違いない。
だから興味の対象外。最大の目的である「廃村・折門」に行った後にちょっとだけ散
歩してみるよ。

集落内にある「K小学校O分校」の前の駐車帯にイオを停める。
この分校は2007年に解体されてしまったようだ。木造のカッコいい校舎だったらしい
よ。残念です。
「廃村・折門」の子供たちもこの分校に歩いて通っていたらしい。
毎日朝夕峠を1つ越えて。大変だったろうなぁ。

で、僕らもその道をこれから歩きます。パラパラ雨が降っているけど。
えーと、道は…?
上の写真に写っている、分校跡の石碑の横にあるハシゴがそうみたいです。
うっげ。初っ端からやってくれるなぁ…。

学校跡はススキ野原

トトロのトンネル

学校の跡地は腰丈くらいのススキ野原。そんで雨でベチョベチョ。
うぎゃ、歩きづらいです。どっちへ向かえばいいのだろうか。
これから山を登るのだから、高い方に向かおう。そっち側にさっき神社の鳥居が見
えていたので。

なんかすっごい茂みの中を腰をかがめるようにして入って行く。
この茂みの向こうはどうなっているのかね?

神社と道祖神

神社に辿り着きました。簡素な造りで、鳥居は鉄パイプみたいだし、本殿は物置み
たいです。あ、すみません失礼なこと言っちゃって。
これは比較的最近にに建てられたものかもしれないね。
今年は年越しイベントのときに初詣をしていないのでどこかいい神社があったら初
詣をしたいと思っていたんだけど、ここはちょっと見送ろうね…。

神社の脇には古い道祖神が置いてありました。
「S集落」・「廃村・御弟子」・「廃村・折門」は道祖神文化が色濃くって、歴史的価値
のあるものが何体か残っているそうだよ。

神社の裏から山道に繋がるという情報は持っている。
しかしその裏の道がどこなのかでモメる。
バンザイは左裏を確認しに行き、「こっちには道はない」と言う。
僕は右裏を確認したけど、こっちもヤバい。突入するのは相当に困難。

じゃあどっちなんだよ。僕自身の目で左裏を見る。
あ、行けるよ、このくらいのレベルなら。
僕が先陣切ってゴリゴリ進むとちょっとだけ道がまともになり、つづら折りの登り道
になった。

廃村・御弟子の廃屋

ひとしきり登ったところで道は平らになり、そしてある程度の幅も出てきた。
もちろん舗装なんてされていないけどな。
当時はリアカーくらいは通れたのかな?オート三輪はさすがに困難か…。

で、またここで道を見失う。急に道が茂みの中に消失してしまった。
室伏と別れて道を捜索。
それっぽい道を見つけたんだけど、これもすぐに消失。
道じゃなかったのかな、これは?

ちょっとヤバい空気。こんなんで「廃村・折門」に辿り着けるの?
雨だからあんまり無茶はできないのだよ。
しかし児童も歩いていたという山道。「折門集落」にとって大動脈だった道。
そう簡単に見失うようなコースではなかったはずだ。
それを信じてヤブを突き進み、再びコースを発見できました。危ない危ない。
後続の2人にその旨を報告し、再び僕らは歩きだす。

室伏&バンザイ

ところどころ倒木があるけど、このあとは道がわかりやすいので気持ちも楽。
談笑しながら登り坂をグングン上がっていきます。
途中で小さな社がありました。


<山神峠>
12:40 山神峠

「廃村・折門」を目指す上で需要な目印となるスポットです。
ここには2棟の社らしき建物があります。このころにはもう雨は完全に止んでいまし
た。やったね!

木造の社

機山公

"機山公"の文字と、その上には武田の家紋である武田菱。
機山公とは、"武田信玄"のことです。ここは甲斐の国だったから、その頃の名残で
設置されているのだろうね。

ちなみに武田時代、「S集落」・「御弟子集落」・「折門集落」などはヒノキ細工などを
年貢代わりとしていたそうだよ。
あまりに山奥で農地も満足にないので、農作物は免除してもらっていたんだって。

この社っぽい建物の木戸を1つ1つチェックしていく。
「ガラガラガラッ…!」
経年劣化のためか建付けはかなり悪いけど、1つ扉が開きました。

囲炉裏の間

折門への感謝状

うおぉ、床板が相当朽ちてきているな。1歩1歩慎重に足を進める。
暗闇を照らすと、真ん中に囲炉裏。そして奥にはリアルに社。今は無き「折門集落」
にあてた感謝状もボロボロになって落ちていました。
そんな感じ。家屋じゃないからあんまり琴線には触れなかったかな。
バンザイのヤツ、全然内部に入ってこなかったぜ。

この峠から先は基本的に下り坂です。
なんとなくそれっぽい道を下って行くと、どんどん道は細くなる。
しかし足元の地面は乾いてきた。峠を挟んで天気が違っていたのかな。

さらなる深部へ

山の斜面に作られた細い道は、道自体がなんとなく斜め。ちょっと歩きづらいです。
さらに進むとつづら折りで下がって行き、道をよく見たいな見失いそうになる。
ところどころで後ろを振り返り、後ろの景色も覚えておくことで帰るときの景色の違い
による遭難を未然に防ぎます。

どんどん下って行くと…。あれ?また道がビミョーになってきたぞ。
これは道なのか、それとも枯れた沢なのか…。
倒木が折り重なっていてどっちにも取れてしまいます。道はどこだ?

霧の中の迷子

斜面の下の方がなんとなく平らで明るいような感じがする。
あそこまで行けばある程度見通しが効くだろうか?
そしてそのちょっと手前には石柱のような人工物がある。それは手がかりになるだろ
うか?

もう道だか何だかわからない段差を飛び下り、そして石柱を振り返る。
あ、お墓だ。そして段差は石垣だった。
さらに足元を見ると道祖神。

お墓があるということは…!集落は近いぞ!!
室伏とバンザイに、光明が見えたことを報告する。
そして僕が一歩足を踏み出した先に見たものは…。

こんにちは、廃村

<廃村・上折門>
13:08 廃村・上折門

えっと、説明しておきますと、実は折門集落はこの上折門と「下折門」との2つに分類
されます。今到着したのが廃村・上折門。

「廃村・下折門」はさらにここから10分ほど峠を降りたところにあるそうです。
ここよりも早くに廃村化していることもあり、現在は2戸しか残存廃墟がないらしいよ。
その「廃村・下折門」にはこのあとアプローチする予定です。

さて、では最初に見えているあの建物の探索を始めます。
「初参加のバンザイに最初の廃墟の第一歩を譲るよ」って薦めてあげているのに、バ
ンザイが拒否するんだ。しょうがない、僕から入ろう。

チグハグなパーツ

消えた屋根

Chapter.1:廃村・上折門     Chapter.2:下芦川分校

最初に見えたこの建物は、納屋なのだろうか。
1軒だけ他の建物から少し離れている様子です。
半分くらい屋根が無くて、四方が壁に囲まれているのに空が見える。なんか不思議
な気分だな、これ。

稲作の貢献者たちも眠る

最近いろいろ見慣れてきたので、何が何だか少しわかるぞ。
左は唐箕だね。手動ではなくてモーターとベルトで動いていたみたいだ。

右は脱穀機だね。稲から籾を絡め取る突起がローラーにたくさんついている。
「大王印」という太陽のマーク、"ミノル式イネコキ"って右から記載されているのが
わかる。どうやら戦前のものらしい。

これを見て、僕はピンときた。僕はこれを以前も見たことがある。
それは「伝説の廃村・峰&倉沢(4-36)」で『読めねぇ…』とコメントした看板のような
ものだ。
上の写真を踏まえて、あのときの看板を振り返る。

そうすると半分が失われているとはいえ、大王印の太陽のマークがわかる。
さらに右から"稲変扱機"と旧字体で書かれているのもわかる。
きっと稲作関係の会社だったんだろうね。太陽マークの中に稲の絵も描いてあるし。

赤い口を開けて

笑うガスマスク

他には大量の漆器や、プロパンガスなどが転がっていました。
あ、ガスマスクじゃないからね。プロパンのガスボンベを真上方向から見たものだか
らね。ぶっちゃけ一瞬ガスマスクに見えてビビッたのも事実だけどさ。

納屋から少し進むと大きな樽とか製麺用のケースなどが格納された廃墟があったり
するけど、ここの写真は割愛しちゃう。

上折門の廃屋&YAMA

いつかの秋の読書週間

穴だらけの境界

次の家は中規模の一戸建て。入口近くには「読書週間」のポスター。
きっと子供が描いたものだろう。ヘンテコすぎて愛嬌を感じるデザインです。
こういうの、好き。

僕は入口の撮影に夢中になっている間に、室伏は真っ暗な屋内に入っていた。
うお、スゲー真っ暗な上に床の崩壊っぷりが相当危険なレベルだよ、これ。

闇の中の室伏

布団の錦絵図

ぶらさがり…

傍らには布団が折り重なっている。どこの廃墟でも、布団って生々しくてあんまり好
きになれないんだよね…。止むを得ず踏んだときの感触も気持ち悪いしさ。

そしてライトで照らしたハンガーの着物が不気味。
服はハンガーに架かっている状態の方が3倍不気味。人のかたちに近いからだろう
か?そういえば「廃村・白岩(4-38)」のときも「ウワッ」ってなったよね。

てゆーか室伏はこの床板がロクにない状況でどうやってあんな奥まで行ったの?
奥の暗闇でライトを使いながら「これはラジオですかねぇ?」とか呟いている。
どうやってそこに辿り着いたのか尋ねたら、「そこをこう行ってこうです」とか説明しだ
す。梁をあみだくじのように辿ったらしい。

いや、梁も半分朽ちているし、そのコースは布団を踏まないと行けないし。
面倒なんで、僕は半分床下を通ってそっち行くわ。
バンザイは屋内に入るのを躊躇していたので、お先ー。

からっぽの宝箱

棚の中には何が?

旧時代の教育

室伏のいる、一番奥の1畳分くらいの安全地帯に辿り着いた。
ぐはぁ、狭い。あと、さすがに2人では足元も軋む。ま、後から来た僕が全部の原因
なんだけどさ。

室伏が見ていたのは巨大なラジオでした。ちょっとしたTVくらいの大きさはある。
奥行きも数10pクラスだ。
大きなダイヤルと周波数のメーター。相当古いものなんだろうな。
こんなものを大事に最後まで保管していたにも関わらず、TVが無い。
きっとこの村の歴史には、最後までTVは登場しなかったのだろう。

外の情報を得たい…

サクマドロップ

室伏が、押入れのような棚の奥の奥にサクマドロップがあると喜んでいる。
ライトで照らすと、確かにこれはサクマドロップ!すごいな、いつの時代の物なんだ
ろうかね?
とりあえず2人で「火垂るの墓」の"節子"のモノマネをすることで喜びを表現した。
…暗闇の中で。

崖っぷちのバスタイム

最期の根性

この上折門の集落は、山の斜面を大きく2段に整地して作られている。
その1段目の崖っぷちにポツポツと建てられているのが、お風呂のある離れ。

しかしなんでこんなギリギリにお風呂を作るのかね?
僕まで落ちてしまうのでうまく撮影できないけど、どの風呂小屋も少し崖からハミ出
ているんだぜ。
バスタイムって、リラックスするためのものだろ?いつからスリリング求めてんの?

上折門の中央広場&バンザイ

ちょっと開けたところに出たので、今までの行程を振り返る。
ここは広場?足元には水道と思われるものや、炊事用品が散らばっている。
以前はここで井戸端会議が行われたのだろうか。

幻想的な霧の物の中、佇む廃村・上折門。素晴らしい光景だ。
僕が感動に打ち震えている間に、室伏とバンザイはさらに先のエリアの上段部分
に登って行ってしまった。待ってー!

第2エリア上段

霧の向こうの第1エリア

この装置は…!

すごいスケールだな、ここは。まだまだ奥に建物が続いているようだ。
次のエリアの最初の建物には、壁の上の方にハンドルのような形の装置が取り付
けられていた。
うおっ!まさかこれは!
「おーい、これは製粉所か!?中に精米機はあるかー!?」と中にいる室伏に呼び
かけてみた。
…どうやらあるそうですよ。うわー、これ楽しみだわ。ドキドキしながら入る。

天井裏のギミック

壁際の製粉ロボ

まず目に入るのは製粉機。これ、使い方はわからないけどカッコいいぞ。
たぶん昭和30年代くらいまでが主流のタイプだろうな。
これは戦前から使われていた可能性が大だろう。
今はもうピクリとも動かないけど、集落の暮らしを支えたんだろうな。

40年前の置き土産

動きを止めたハンドル

精米機ですね。ハンドルを回すと、杵が上下して臼の中の籾を突く仕組みね。
これ、見たかったんだー!
臼の中を覗くと、精米中の籾がまだ入っているんだもん。

離村開始が1950年、そして最後の数人がいなくなって完全に無人となったのが19
70年。ということは、この籾は最低でも42年前のものなんだね。古米。


隣の家はなんだか傾いて来ていてフレーム全体が平行四辺形になっている。
"平行四辺形の家"と呼ぶことにした。

その家の中で室伏が、家が傾いていることに気付かずに一生懸命新聞から年代
を特定しようと頑張っていた。
僕も室伏を手伝った。なんか新聞、年代のところだけ奇跡的にうまく破れたり汚れ
たりして見えないんだよね。月日はわかるんだけど。

4コマ漫画は「ホガラカさん」。うん、知らねぇ。
必死に探し、なんとか手がかりを発見。
広告欄の映画の宣伝、『終戦より20周年!』って書いてあった。
なるほど、1965年だね。この集落のかなりの末期のときの新聞だ。

ホガラカさん

無法松って??

開けっ放し

さて、さらに奥に進みます。
ここですごいのが出てきます。長屋風の建物…。うわぁ、ビッグスケール…。

僕らね、ぶっちゃけここまででかなりの精神力を使っています。
もう脳のキャパシティいっぱいだよ。ペース配分間違えた。最初の納屋なんて、こ
こいらやこの先を考えると、取るに取らない存在だった。
まだまだ行く手一面を形成する廃墟群を見ると、クラクラしてきそうだった。

長屋が現れる

このあとはちょっと省略。軒先に立派な唐箕があって興奮したり、長屋の正面の廃
屋も覗いたりといろいろしたんだけど、全部書いていたら文章も写真も大量になりす
ぎちゃうからね。

そのくらい、ここには発見がたくさんあった。
ではそのうちの一部屋をまずは紹介しようかと思うんだ。

玄関脇の武田製薬

穴だらけの地盤

お酒もあとわずか

電気代の記録

床板、ほとんどゼロです。空中をかろうじて渡す梁の上を歩くのか?
しかしその梁もベキベキに歪んだり折れたりしている。結構危険ね。

そんな中、室伏はガタガタの階段で2階に行きやがった。階段ごとブッ壊れて落ち
てきそうなのに。
そんで2階で子供の書いた月の満ち欠けのノートを見つけて喜んでいた。

僕は1階の奥へと行く。
電気代の領収書は昭和33年、つまり1958年のもの。
ここまで電気が通じていたんだね。電線を渡すのも大変だったろうなぁ。

カルピス

あぁ!懐かしい瓶のカルピス!この便が水玉の紙に包まれていたんだよね!
そして僕の記憶にも残っている表面のマークは、ずっと昔に黒人差別に当たるとの
ことで廃止になった物だ。
ちょっと僕、興奮しちゃって「カルピス!カルピス!」って騒いでた。

バンザイも「俺は昔の雑誌が好きだ」と自分の好きなジャンルを見つけられた様子。
うん、いいことだ。廃村の楽しみ方を分かってきたね。

軒先の情報源

居間に立つ墓標

軒先に外を向いて吊るされたラジオ。音量を大き目でかければ、きっと近所一帯の
娯楽になったのだろうね。TVの無い時代、人々はこれに耳を傾けていたのだろう。

民家は四方の壁を全て失い、外の風が吹き込んでいる。
その中央には中腹のズレた棚がポツンと、まるで墓標のように立っていた。
すごい心に染みる絵だったんだけど、うまい写真を撮れなかったよ。残念。

1934年の痕跡

思い出の教科書

家の中には古い書物がたくさんありました。
子供たちはこの教科書を持って、小一時間歩いて峠を越え、冒頭の「O分校」まで
歩いていたんだね。
僕には無理。だったら今の都心の満員電車の方がまだいいかもしれないや。

ご飯の時間

最奥のお屋敷

長屋の脇にはカマドがありました。やっぱこの時代だったらカマドですよね。
位置的に考えると、共同炊事場だったのだろうね。

さらに奥へと向かうと、竹林の中から2階建ての大きなお屋敷が出てきた。
ぐおぉ、ここ生きてラスボスか。もう僕らの脳の限界量は超えているというのに。
もう詳細を見る気力はない。ダメ。

ここで僕は禁断の提案をしちゃいました。
「なぁ、この先には下折門の集落がって、僕らはそっちにも行く予定だよね。
でも、もうこれ以上見るだけのキャパもないよな。ここだけで打ち止めにしない?」

なんということでしょう。ほんの10分歩けばもう1つの廃村があるというのに、僕は撤
退を提案した。それだけ、この廃村は僕らに満腹感を与えてくれたのだ。
2人も同意してくれた。
また、きっと来ようね。次は緑豊かな時期に。約束だ。

壁一面だけの家

崩壊はもう止められない

最後のエリアに足を踏み入れた。
廃村・上折門。なんて芸術的なんだろう。壁だけを残しながら、内部もサイドも全て
が崩れゆく家屋。このエリアにはそんな家がいくつもあった。

この3Dの世界は写真では絶対に記録に残せない。
僕は初めて愛用のカメラの動画モードをONにしたよ。

石垣にもたれかかった壁

晒された"内側"

これは…、なんだ?石垣にもたれかかって斜めになっているのは、家?
家の壁?

少々観察してようやく僕は気付いた。これは家の壁の一部のみが残っているんだ。
そして僕が今立っているのは、かつての家の中なんだ。
壁の手前に置いてあるタンスの引き出しがこちらを向いていることで、それに気づい
た。引き出しや棚にはまだ残留物がたくさんあったよ。

貴重な海の産物

暗闇を照らした光

棚にはのりの佃煮の缶詰や、懐中電灯も置かれていた。
この懐中電灯のスイッチが好き。レトロ感がある。
昔田舎にあった真っ赤な非常用の懐中電灯も、こんなスイッチだったなぁ。

最後、僕は内心ずっと探していた物件を発見しました。
金魚の絵の風呂場。ようやく発見したよ。ときめいた。

ファンシーな物件

金魚も泳ぐ

ひなびた集落の中でひときわ異彩を放つその外見。
洋風のデザインとレンガを取り入れた壁、かわいい窓と煙突。
「ディズニーランド」のトゥーンタウンあたりにあってもおかしくない物件です。
これが僕の見てみたかったお風呂。

他の家は木の樽の風呂桶だったというのに、ここはピンクの綺麗なタイル張り。
そして金魚のタイル絵まで飾られている。すっごい気合いの入れっぷりですね。
集落の最終期のものだったのだろうか。ここだけとても綺麗なんだ。

僕らもこれを見て大喜び。
「女性の意見を取り入れた斬新なデザイン!」
「近所のギャルがこぞって詰めかけて大渋滞!」
…と、当時の要旨をあれこれ想像してエンジョイしました。
ま、このお風呂も半分崖に迫り出していてすごくデンジャーなんだけどね。
あまり奥まで行くと風呂ごとフォーリンダウンです。

それでは、そろそろ上折門を立ち去ります。
「廃村・下折門」はまたいつの日か、ですね。

最初に廃村を発見したところに立っていた、苔むした道祖神にご挨拶。
ありがとう、上折門。

緑色の守り神

そして僕らはまた峠を越え、愛車のイオの待つ「O分校」を目指して延々歩く。

でもね、まだ本日立ち寄る物件があります。
それは「下芦川分校」。
続きは次のページで記載することにしましょう。

Chapter.1:廃村・上折門     Chapter.2:下芦川分校