<次回予告>

やっぱいくら分別のある人だって、心に余裕が無いと思わぬことを
口走ってしまったり、思わぬ行動に出てしまうものじゃないですか。
僕だって年1回位はそんなことがあったりしますよ。
そんでそれが今ですよ。

完全に余裕ゼロの日々。僕はついにこう言い放った。
「世の中、自販機で24時間いろんなものが買えるのに、日本には
それを実現できるだけの技術があるのに、なぜみんな店舗で人か
ら物を購入するんだよ!ぬくもり?笑わせるなよ。この世は合理性
が全てだ。」

では、次回は食べるもの全て自販機から購入します。

次回、「
レトロ自販機巡り(4-47)」、乞うご期待!!











神流湖・長瀞ミステリー (4-46)

2012.2.11
走行距離:366km
実行人数:2名

今回の舞台は埼玉県と群馬県の県境の山間部。昭和の名残を追いかける、廃墟中心のアドベンチャー!

その城は、2度滅んだ…

いやぁ、恐ろしい話もあったものです。

Yahooの検索ウィンドウに、「神流湖」と「下久保ダム」って入力してみます。
検索ワードを入れると、第2検索ワードの候補が出てくるじゃないですか。
それを見てYAMAさん、戦慄が走っちゃったというお話ですわ。

そこはミステリースポット

赤く囲んだ第2検索ワード。それらは全て心霊に関係のあるワードです。
「神流湖」とそこに設置されている「下久保ダム」、どれだけ怖がられているんですか
ってビックリした。

で、何を隠そう僕の今回のドライブターゲットがその界隈です。
以前より言っている通り、僕は心霊系はなんとも思わないですよ。
ただ、そのエリアはいろいろと"おいしい"のです。廃墟的にね…。

2年半前の秋、「埼玉・紅葉ドライブ(3-78)」っていうドライブ企画をやったのをご存じ
ですか?
意図せずとも廃校・廃墟に各所で邂逅し、さらに後日調べるうちにさらなる廃情報を
ゲットできているのです。これはボチボチ再訪しなければなりませんな。


7:28 横浜出発

愛車の"イオ"に乗って横浜の片田舎を出発する。
今日も快晴だ。気分がいいぞ。

冒険の始まり

8:06 横浜の某所で"室伏"と合流

最近はすっかり僕の探索系イベントの相棒となった室伏を乗せる。
今回はこの2人で「神流湖」に突撃します。
国道16号を西に走り、途中の相模原のマクドナルドで朝マックのドライブスルー。

八王子ICから高速に乗ろうと思ったんだけど、中央道が渋滞のようなので圏央道の
日の出ICに進路を変更しました。

9:40 圏央道 日の出IC

10:00 鶴ヶ島JCT

ここで関越道に乗り換えるんだけど、いきなり渋滞。まいるわー、これ。
だけどもしょうがないので耐える。

11:05 関越自動車道 本荘児玉IC

埼玉県と群馬県との県境付近のICです。ここで高速を降り、一般道です。
国道462号を西に走る。最初のスポットは「神流湖」の数km手前の廃校です。


<道の駅 上州おにし>
<譲原小学校跡>

11:44 道の駅 上州おにし

廃校&イオ

ここはなんと道の駅の敷地内に木造の廃校があるのです。
なんて素敵な道の駅なのでしょう。
日当たりのいい道の駅で、綺麗に整備された状態で眠っている廃校。
これだけほっこりする廃墟もあまりないよね。

前回の「埼玉・紅葉ドライブ(3-78)」のときにはドアや窓から中が見えずに早々に諦
めてしまったけど、今回は何とか頑張りたいものです。

始業はいつも、ここからだった…

新入生はこちらへ

まずは道の駅の事務室に行く。「僕、昭和レトロを追い求めるドライブをしているん
ですけど、横の廃校の中を見せてもらえませんか?」みたいなことを聞いてみる。
事務室のおじさん、「いやぁ、アレは中を見せる用の物ではなくて…。しかも随分中
は改造してしまっているので、もう当時の面影はあまりないんですよ。」
と言ってくる。

なんやかんやでちょとt粘ったんだけど、迷惑をかけるわけにはいかないので諦め
ました。
でも、コメントから想像通り廃校の鍵は事務室が持っていることは分かったぞ。
また機会があったら交渉頑張ろ。

隙間から昭和を垣間見る

不揃いなガラス

過去の栄光

明治〜昭和中期のガラスって、1枚1枚手作りだからそれぞれ微妙な歪みがあるじ
ゃないですか。それがなんとも味があるよね。
写真ではなかなかうまく表現できないのが残念だけれども。

木造校舎はちょっとした建付けのズレから結構中を覗くことができます。
少しだけ、外の平成時代から中の昭和時代を味あわせてくださいね。

キミは廊下に1人

昭和34年のヒーローへ

この譲原小学校の校舎は1934年に建てられたんだそうだ。1975年までのおよそ40
年間、使われてきたんだって。
廃校歴は37年ですね。それでもきちんと管理しているから、これだけ綺麗な姿でいら
れているのでしょう。

緑色のプール

プールはいろんな藻とかに浸食されて緑色でヌルヌルっぽい感じ。
室伏も「泳ぎたくない」とコメントするほどのマッドなプールでした。

あと、ここの道の駅の敷地内には縄文時代の住居跡があります。
しっかりした鉄製の施設の中に展示されているんだ。前回も写真撮ったね、これ。
これも広義では廃墟かな?でもこの物件、廃墟としては古すぎて興味ないっすわ。

廃墟歴2000年以上?

中には入れなかったものの、オードブルとしてはいい物件だったね、うん。
さて、続いてはここから4kmほどの「神流湖」直前にある、廃発電所です。
この近所に「地すべり資料館カッピー」とかあったよな、懐かしー!


<矢納水力発電所>
とある道路を群馬県から埼玉県に入った瞬間。道路の下の方にヤブに覆われた、
大正初期の廃水力発電所がチラッと見えます。グフフ、見ぃつけた。

12:01 矢納水力発電所

死角に潜む大正レトロ

準備を整え、このアングルから水力発電所まで降りて行きます。いろんな意味でち
ょっとした覚悟が必要なので、軽い気持ちでは行かない方がいいかもしれません。
万一のことがあっても【日本走覇】では責任は負いかねますのでご注意ください。

最初に出てくるゲートには、オシャレなオブジェがついている。
西洋の館を思わせるようなデザインは、何をかたどったのだろうか。

ゲートにもひと工夫

埼玉を支えた発電所

なんとか下まで降りてきました。急な斜面のヤブ越しなので、この発電所を何の遮
断物も無しに全体を写真に収めることは困難です。
レンガ造りの発電所。壁には送電プラグ用の穴が6つ開いています。
そして正面ゲートには大きな「安全第一」の文字。

では、ドアが開いているので中にオジャマしてみましょう。
ガランとした発電所内部に室伏と共に入ってみました。

奈落を覗き込む室伏

取り外された機器類

中には機械と呼べるようなものは一切残っていません。床に残った溝などから、当
時の状況を想像するのみです。

床にはところどころ大きな穴が開けられていている。その下は漆黒の地下室。
もし間違えて落っこちたら大惨事でしょう。
地下室に降りる階段は見つかりませんでした。ボロボロのハシゴが1つあるだけ。
コイツには命を預けることはできねーな。

割れたガラスと冬の日差し

作業員の愛用品

残るは影のみ

レンガ造りの発電所にピッタリと隣接して、木造の小さな建物があります。
たぶん物置や休憩所、事務所などを兼ねていたんでしょうね。
木製の棚にはわずかながら残留物もあったし、窓ガラスも少し残っていました。

ガッタガタになって崩れそうな階段があるので勇気を出して足をかけ、2階まで登っ
てみました。
だけども大したものはなかったよ。写真も撮ったけど、ここでは掲載はやめるわ。

スリリングな階段

朽ち行く木造事務所

レンガ造りの発電所本体はまだまだ元気そうだけど、こっちの木造事務所の方は
もうあんまり長くはもたないかもね。

ここでちょっとこの矢納水力発電所の歴史について説明させてもらうと、着工は今
からおよそ100年前の1911年だったとのこと。埼玉県で初の水力発電所です。
横を流れる「神流川」のパワーで長きに渡り電力を供給し続けていたけど、上流に
「下久保ダム」が建設されたことに伴い、1966年に稼働停止したそうだ。

廃墟歴は46年ですね。
オシャレなデザインだし歴史もあるので近代土木遺産にも登録されているらしい。
ま、このありさまじゃ全然管理や整備されていないだろうがね。

屋根の上のツクシ君

外からの木造事務所

再びイオに乗りこみ、「神流湖」の湖畔に聳える「城峯山公園」方面に山を登る。
「城峯山」は紅葉や冬桜で有名なんだけど、今回の目的はそうじゃありません。

埼玉・紅葉ドライブ(3-78)」のときに「日本一小さい池」を探して森の中を歩いたん
だけど、そのとき偶然廃墟群を見つけたじゃないですか。
あそこを再訪し、じっくりと見学したいと思うのです。

雪の残る城峯山

「神流湖」の南岸の山道をグイグイ登る。標高700mくらいまで行くよ。
見覚えのある峠道。あのときは30分くらい迷ってここいらをグルグルしたもんね。
なんであんなに迷ったんだろ?

そのうち道路脇に雪が見えてきました。ひぃぃ、寒いね、怖いね。
凍結でスリップしないように気を付けよう。


<「冬桜の宿 神泉」>
12:40 「冬桜の宿 神泉」

ここが起点となる

ここの中でトイレをお借りしました。なんか誰もいなくて薄暗かったぜ。週末なのに
閑散としていて大丈夫?


そして2年半前も突入したチェーン地帯の向こう側に入って行きます。
あれ?早速入る前で重大な違和感に気付いてしまいましたよ、僕ら。

ご丁寧にも!

きれいさっぱり!

バ、バカな…。前回あれほど苦労して見つけ出した「日本一小さい池」へのアプロ
ーチルートが、ご丁寧にも看板で示されている。
そして"ふるさと散歩道"というネーミングまでされているらしい。

散歩道の割にはバリケードがあるけどな。
その道に入ると、周囲の木々は綺麗に伐採されていて明るい。
道も綺麗になっているぞ。前回はドロンドロンで禍々しかったのに。
あれだけの冒険を経て、当時ネット上のどこにも公開されていなかった池に辿り着
いたのに、これじゃあ誰でも行けちゃうね。ちょっと残念。

そして心配事がもう1つ。こんなに綺麗に整備されているということは、この奥にあっ
たあの廃墟群は…?ヤバイ、もう無事じゃないかもしれない…。

終わった…

やはりダメだったか…。
深い木々に囲まれていた廃墟群は、スッキリとしちゃって何もない広場になってい
ました。
地面にはいくつもの重機の轍。そして傍らには作業資材を保管していたと思われる
小屋…。僕と室伏は肩を落とした。

神流湖と下久保ダム

木製電柱が生き証人

何か痕跡は残っていないかと、広場を隅々まで捜索する。
かろうじて見つけられたのは、木製の古い電柱だった。外灯もつけられている、奇
抜なデザイン。これは前回も見かけたから少しだけ覚えていたよ。
あとね、木々は切り払われていたので「神流湖」と「下久保ダム」はよく見えた。


<日本一小さい池・弘法池>
「せっかくここまで来たから、日本一小さい池まで行ってみる?」ってなる。
池まではここから歩いて数分だしね。

池に続く道

はい、綺麗。ここもすごい歩きやすくなっています。
特に終盤にヤブ漕ぎせざるを得なかったところが見通し良くなっていて、ちゃんと「
右手に池があります」的なことが書いてあった。

これじゃ、誰でも迷いなく池に到達できるね。なんだぁ、もっと他の人にも苦労して
ほしかったなぁ。難関池であり続けてほしかった。

岩に開いた小さな池

室伏&YAMA

どうだい、ビビッたかい?これが日本一小さい池の正体だ。僕も前回はとても驚い
たさ。
岩に開いた小さな穴に水が溜まっている。ただ、それだけだ。
これを池と呼んでいいのかどうか知らんが、そう書かれている以上は同意しないと
ね。ちなみにこの池の伝説は以下の通り。

かつて"弘法大師"がここを訪ねると干ばつで困りたてた農民が多数いた。
そこで弘法大師が杖で岩を突くと、そこから水が湧き出てくる。
以来、その岩の中の池は枯れることなく今日まで存在しているのだ。
…って感じです。

神流湖の南岸

…閑話休題。
僕らは次の物件を目指して「神流湖」の南側を湖畔に沿って走ります。
道はえらく狭いです。前回もこの道を車3台で連なって駆け抜けたんだけど、やっぱ
ありえないくらい狭い。

次の物件は「アライさんの家」と呼ばれている、埼玉最大級のホラースポットです。
でも僕は冒頭にも書いた通り心霊系には興味がありません。
あくまで廃墟探索が目的です。

これまた心霊スポットである「琴平橋」という真っ赤な吊り橋を過ぎると、さらに道は
ハードになる。狭い狭い狭いよぉー。ワクワクしてきた。

水流も凍る日陰の狭路

このどこかに、「アライさんの家」がある。目を凝らしながら進む。
アレ?でもどこだ?ないぞ?さらに変な脇道に入る。
これ、行き過ぎたかな?もう一度調べ直さないと。
Uターン場所を探しつつ脇道の激坂を登っていると、廃墟が一軒目に着きました。


<南岸の廃墟(仮)>
正確な場所は記載を避けますね。そして写真掲載も最低限にします。

13:18 南岸の廃墟(仮)

ステンレスの輝きは今も尚

ふとした出会い

まだ廃墟歴は浅いと思われる物件。足踏み式脱穀機と思われる農具があったり、
なんだか懐かしいステンレスの風呂桶があったりしました。
あとはそんなに気になるところはなかったかな?


「アライさんの家」を通過して数km走ってしまった模様。
とりあえず来た道を戻るのは狭くてかえって時間がかかりそうなので、北岸の広い
国道462号に一旦出る。
そしてしばらく走ったところにある真っ赤な「琴平橋」を渡る。

真紅の吊り橋

しばらく「城峯山」や「冬桜の宿 神泉」方面に戻る。
このあたりかなぁ…。イオを路肩に停めて歩いて捜索する。
この辺、さっきお墓があったから「もしかしたら」って思っていたんだよね。
たぶん、この近くだよ。
…そして、発見しました。


<アライさんの家>
茂みを飛び越え、木立の奥から姿を見せたのは、もう切ないくらいに荒れ果てて壊
された廃屋でした。

13:34 アライさんの家

最強の心霊スポット

僕らが来るのは、遅すぎた。遠目から見ただけでわかる、これはヒドすぎだ…。
もう家のかたちを保っているのが奇跡だろう、これ。
ガタガタになって柱の抜け落ちた廃屋。壁もほとんどない。もうどこが入口なのかも
わからないよ。

正面の梁には青いスプレーで「死亡の館」って書かれている。
すっごいありふれた心霊ストーリーによって心霊スポットとなった廃屋。
多くの人に荒らされて、とってもかわいそう。

断たれた2階への道

わずかな生き残り

そりゃね、僕だって大層なアウトローですよ。こんなことをいる権利なんて無い側の
人間ですよ。だけども、残念だった。
数年前はまだ残留物が多くて生活の痕跡を感じ取ることができたそうだけど…。

廃墟にはいろんな種類がある。
今回最初に見た「譲原小学校」のように管理されているものは勝ち組だろう。
イタズラで少しずつ物品が無くなったり荒らされていく廃墟もあれば、マニアが大事
に訪問する廃墟もある。
人知れず朽ちていく廃墟もある。

ただ、この廃墟は想像できる限りの最も悲しい末路を辿っている。

家主が"アライさん"であったことは、ほぼ事実とされている。
20年ほど前に「神流湖」付近で猟奇的な事件があったのも事実だ。

しかし、このアライ邸がその事件の家とは断定はされていない。
そもそもアライ邸はこの荒廃っぷりと残留物を見るに、もっと過去に廃墟となったん
じゃないのかな?

例えば、1960年代。それは「下久保ダム」が稼働を始め、そして「矢納水力発電所
」が歴史に幕を閉じた年代。
ダムが周囲の集落に与えるダメージは「SIRENの廃村(4-42)」でも見たしね。

崩れ落ちた歴史の1ページ

カマドとフライパン

緑と癒しを求めて

倒れた二層式

陶器に花咲く

バンホーテン

KIRNのアイスココア、"バンホーテン"はデザイン検索をしたが年代を特定できなか
った。
二層式洗濯機はナシュナル製の"高速うず潮"。
後継機となる"超高速うず潮"が1967年ごろの発売で、毎分3200回転を誇っていた
らしい。いや、それがどれだけすごいのかわからんけれども。

ってことは、やはりここが廃墟となったと僕が考える1960年代と時がリンクしてきた
ような気がするぞ。
さらなる残留物を探してみよう。

52年前の出来事

当時は新しかった歌も…

室伏が「こっちに歌詞カードがありましたよ」と教えてくれる。
おぉう、昭和チックですなぁ、これ。泥と地面からの湿気でクタクタだけど、掲載され
ている歌から、大体1959年のものであることが推定できました。

さらに室伏と2人でより古い新聞を探す。見つかったのは歌詞カードと同じ1959年。
そして新しいのは1963年までだった。

新聞は当時を語る

ぶっちゃけ僕らは興奮してきていた。
廃墟としては残念な有様なのだが、残された新聞はこの家がまだ廃墟で無かった
頃の、そして僕らが生まれるずっと昔の出来事を語っているのだから。

「たけのこを醤油で煮込むとおいしいですよ」って感じの「ヤマサ醤油」の記事。
よく見ると姉妹品にヤマサ天ぷら油という品名があります。
ヤマサなのに天ぷら油!?
調べてみると、ヤマサでは大豆から醤油を精製する際に出る油を使って天ぷら油
にしていたことが過去の一時期あったそうです。へぇぇー!

タイガー!

タイガー計算機来たーーッ!!
これには大興奮。「タイガー計算機の広告あったぞー!」と室伏を呼びました。
まぁ室伏はこれを知らなくて「はにゃ?」って感じだったんだけど。

いや、僕だって実物を見たことはないですよ。
これは電卓の前身となるアナログ機械。計算対象の数字を打つと、無数の歯車が
ガチャガチャ回って答を表示させるそうです。
今ではメチャ安価な電卓だけど、1960年代まではこんなビッグスケールで、かつす
ごい高価なものだったんだよ。計算する人を"計算手"って呼ぶくらいにね。

今では当たり前のPCも各種機械も、元をたどれば「どれだけ楽に計算をするか」に
行きつくんですよ。
そのニーズに対する、アナログ最高峰かつ最終期を彩った計算機。
システム系の学部出身のYAMAさんが興奮するのも頷けるってもんですわ。

あと、「1分で両面コピーできます!」みたいなコピー機の広告もあった。
…遅ッ。ドヤ顔で言うな。

さらに室伏と新聞を漁っていると、またすごいもんを発見。

力道山、猛る

昭和で最強と言われた"力道山"の記事です。
1963年に亡くなっているから、この記事は1950年代後半から60年代初頭だろうか。

当時はまだほぼ白黒テレビの時代だけど、力道山は大人気で視聴率60%を超える
試合もあったそうだね。
当時のこのイベントの興奮度合いはいかほどだっただろうか?


室伏と話し合い、この後は長瀞で遅いランチにすることにしました。
イオに乗りこみ、「神流湖」の南岸を東に走る。
「城峯山」を越え、県道289号に乗る。うえっ、この道狭い。行きと同様に国道にすれ
ばよかった。


<下阿久原の神社(仮)>
14:15 下阿久原の神社(仮)

県道289号をクネクネ走っていたら、道路脇の山の斜面に廃墟っぽい施設がある。
確認してみよっか?半分雪溜まりみたいになっている空き地にズササッとイオを停
車させました。

神社…?

あ、これ神社なんですか。一般家屋みたいな塀と門があるから気付かなかったよ。
ということは、塀の外にあるこの2本の杭は鳥居が壊れたもの?

中を覗くと小さな祠が鎮座していました。
これ、管理されているのかなぁ?かなり放置臭がするけどなぁ。
グルリと周囲を回るが、神社の名前を確認できるものはありませんでした。
後日ネットからもいろいろ調べてみたけど、やっぱ無理でした。

県道289号

県道13号でまたクネクネと細い峠道を越え、群馬県から埼玉県に入りました。
この県道は中心地で国道140号に合流し、終点を迎えます。
そのまま国道140号を少し南下した長瀞駅前に、目指すお店があります。


<「GAME COSMOS」>
えっとー、ここはゲームセンターです。ここでお昼ご飯。
食べるのは今マイブームの自販機メシです。エヘッ。

15:03 「GAME COSMOS」

レトロなゲームセンターへ

そこは小さなゲームセンター。地元の人がポツポツして、ゲームに興じている。
その片隅には自販機ブースと、2つのテーブル。
ゲーム側からの音楽もギャンギャン聞こえてくるけど、地元のおじいさんが平和そ
うに新聞を広げているような、そんな空間。

ここにそば・うどんの自販機と、トーストの自販機があるのです。
食べるぞー!お腹減った。

現存する食品自販機

天ぷらそば

もう長らく製造されておらず、現存するスポットも限られている食品自販機。
その生き残りがここにあるのです。トーストは初めて見た。すっごい楽しみ。
だけどもまずはうどん食べよう。
うどんは250円です。わずか20秒ほどでアツアツが登場しますよ。

魅惑の自販機メシ

麺はやや太め。ダシは濃いめ。天ぷらはちょっと油っぽい。
でもこの変なチープさが最高だ。ゲームセンター内という雰囲気も最高だ。
ちなみに麺は近くの製麺所でちゃんと作ってもらっているものだそうだよ。
次はトーストいくぞー!

トースト登場!

その場で焼くぞ

トーストはチームハムサンドの1種類のみで、値段は200円。
古びた丸ボタンを押すと、内部で「ガション!」といい音がして「トースト中」のランプ
が点灯します。
およそ60秒ほどでトーストが焼きあがりました。

アチチチチチ!アチィ!!いや、ホントに熱い。持てないくらいに熱かった。
そんなわけでアルミに包まれたトーストが登場。
これは純正品のアルミです。側面に"トーストサンド"ってちゃんと書いてあるよ。
純正アルミは普通のアルミホイルよりザラザラ感があり、そして少し厚め。
そして四方をしっかりパッキングされています。

実はこの自販機トースト用のアルミを作っていた業者、ちょっと前に倒産して無くな
っちゃったんだって。
だから在庫がなくなった時点でこのアルミはこの世から姿を消す。
もしかしたら、これを見れるのは人生これが最初で最後かもしれないね。

ハムチーズサンド

アルミから出てきたのは、ほどよく焼き色のついたトースト。
あ、写真ではチーズが入っていない側をめくっちゃったね。失敗失敗。
普通のトーストなんだけど、なんかすっごい美味しく感じました。
雰囲気に酔ってたや、僕。

室伏も気に入ってくれたようなので、近いうちに食品自販機の生き残りを巡るドライ
ブでも企画しようか。


メシ食ったらデザート。これ、世間の常識ですよね。
ここから車で5分足らずの場所に「阿左美冷蔵」があります。
聞けば室伏は「阿左美冷蔵」に行ったことが無いそうなので、案内しよう。
ただ、とことん冷えるけどな…。


<「阿左美冷蔵」>
国道140号をまたちょっと下ったところにある氷屋さんです。
直近では「ニッチツ@ 〜The Lost World〜(4-31)」であまりの行列に諦めた、大人
気のお店なのだ。

15:30 「阿左美冷蔵」

氷の散歩道

久々の訪問

前回とは違い、店の敷地内の駐車場にイオを停めることができました。
カキ氷は800円くらい。ここ数年で高くなったなぁ。僕はお馴染みの"黒みつきな粉"
にしたよ。なんかデフォルトで小倉になっていた。まぁいいけど。

2月のこの時期だというのに、店内は7〜8割がたお客さんがいる感じ。
次から次へと入ってきます。当然みんなカキ氷を食べるのだ。凍えながら。
だから夏場が前回のときのような大行列になるのもうなづけるね。

巨大なカキ氷

はい、大きいです。氷山です。ご飯で例えると、"マンガ盛り"っすね。
今までと違ったのは、運ばれてきた段階のカキ氷はただの氷のみの状態であると
いうこと。自分の好みでオーダーしたシロップをかけていくそうだ。僕の場合は黒み
つね。

おそらくは最初にかけると崩れてしまったり、上部と下部でムラができてしまうから
なんだろう。だけど僕としては最初からかかっていたほうが"作品"としては好きだっ
たなぁー。

でも味はもちろん最高でした。おいしかったです。
そんでもちろん凍えました。「ひ、氷河期…。」とか口走ってた。
温かいお茶を飲んでようやく復活。
そしてこの後は最後の目的地に向かいます。

西日の中を

白鳥神社

目指すのは「天神山城」というお城。えっと、ここも廃墟です。
国道140号と並走する県道82号を使い、西日の中を「荒川」の東岸に沿って少し北
上します。
間もなく目印となる「白鳥神社」が見えてきました。


<天神山城>
16:15 白鳥神社 駐車場

ここからは徒歩です。登山です。情報によると15〜20分だとか。
「よしっ、僕らは7分で登るぞ!」と勢い込んで山道を進む。

廃城への登山路

うふ、シンドい。相当な登りですよ。ふくらはぎへの負担がハンパないです。
しかし僕らはストイックに登り続ける。視界は全然開けないけど、頑張る。

天神山城について大まかに説明すると、これは戦国時代のお城です。
1564年、"豊臣秀頼"の小田原侵攻で落城したそうです。

ときは流れて1970年。観光施設として模擬天守を建設し、天神山城は現代によみが
えりました。当時は車で天守のそばまで行けたり、近くに宴会場などがあったりして
そこそこの賑わいを見せたそうです。
しかしその人気も束の間、数年後には廃墟となってしまいました。

戦国時代と昭和時代に、2度滅んだかわいそうなお城。
お城の廃墟ってあんまり聞かないので、見てみたいじゃありませんか。

戦国の遺志

登山開始からピッタリ7分後、僕らは城の前に立った。
あふぅ、疲れたぁ。ゼーゼー言ってるし、暑いですよ、これ。

天守自体は昭和のコンクリ建築。かなり小ぶりです。
正面玄関が開いているのでそこからお邪魔しようとして、一歩目から「ぐおぉぉぉー
ーー!!」ってビックリ。
あの、床があんまりないのね…。荒れているとは聞いていたが、想像以上だぞ。

目の前にあるのは3本の細い梁。そのうち1本は体重をかけたらちょっと軋んだ。
ヤベッ、ヘタすると梁ごと階下にフォーリンダウンなのね。

足もとの暗黒空間

上着ジャマ。お城の入口に脱ぎ捨てて城内に進む。
うわぁ、ドキドキするなぁ、もう。このスリルがたまらない。

床板の無いゾーンは2・3mで終わる。絵的にはスリルはなくなる。ただ、実際の恐
怖はここからさらに増すんだよ。
なまじ床板があることで、強度のある梁がどこだかわかりづらくなるからね。
目隠しされたまま平均台を渡るような感覚ですよ。

真っすぐ真っすぐ慎重に…。そしてようやく近付いた壁に手をつき、ホッと一息。
続いて室伏もやってきた。

バランスが命

改めて城内を見渡す。1階はどうやら資料館やお土産・チケット売り場だったみたい
だね。わずかに残ったガラスケースや展示物が、少しだけ当時を物語る。
あと、なんか神棚が床にポツンと置かれていたり。

散乱する歴史

この城は、廃墟マニアの間ではちょっとガッカリ傾向な物件として話題に上ることが
多いという。しかし僕は個人的にはここ、嫌いじゃないぞ。
復元物であるとはいえ、一般家屋の廃墟には無いような展示品の残骸。
家屋じゃないから生活感も規則性もないんだけど、その無秩序さが逆にアートに感
じられるね。

まぁそれでも入口左右のくたびれたガラスケースを見ると、ちょっとだけションボリし
た気分にもなるけどね。

見捨てられた観光施設

色あせた室内灯

室伏は1階の床のボロボロっぷりに恐怖したのか、先に階段を昇って2階に行ってし
まった。

僕は引き続き1階を見て回ります。まぁ怖くて活動範囲は限られちゃうんだけどね。
奥に行くとまた床は崩壊している。一番奥なんて、梁も豪快に崩れ落ちて闇だけが
広がっています。
そうなんだよねー。梁だからといって、全く信頼できないよね。怖い怖い。

大口開けたタンス君

天も落ちてくる

地も崩壊する

頭上からは、「ミシッ、ミシッ」っと2階を歩く室伏の足音が聞こえる。
いや、それはいいんだけど、それに混じって「ズズ…ッ」という床板の大事な部分が
根本から軋む音がするんだけど…。
それに合わせて天井から粉塵がモワワッって降ってくる。

「ちょっとー!室伏!天井が落ちる!!」
叫んだけど室伏にはイマイチこっちの惨状は伝わってないみたい。
しょうがない、僕も2階に行くわ。もともと1階の捜索を終えたら行く予定だったし。

踊り場のソフトトラップ

ギシギシいう階段を慎重に昇っていると、踊り場に座布団。
これ、イヤなんだよねぇ…。なんでわざわざ踏まなきゃいけないような位置にセッテ
ィングしてあるのかなぁ。
布団とかもだけど、踏んだときの感触が猛烈に気持ち悪いんだよね。

2階に出ました。話に聞いていた通り、ここは展望エリア。
あんまり予算が無かったのか、いきなりチープな造りになっています。

空虚が広がる

なんの工夫もない普通の窓枠に、そして内部から丸見えのクロスの鉄骨。
今だからこそ廃墟としての1つの味になっているかもしれないが、観光施設としての
現役時代にもしこれを見てしまったら、苦笑いしてたかもな。

カラカラッと普通のサッシを開けて外に出てみました。
足場狭っ!
視界の先には山に沈みゆく冬の太陽、そして足元は1階の屋根が消失したために
奈落が見えていました。あわわ。

冬枯れの山に日は落ちる

一歩先は地獄

このあと再度室伏と一緒に1階を見て回ったりするんだけど、それは省略。
日が落ちると帰りの山道が危険なので、そろそろこの城から撤退しなければいけま
せん。それなりに楽しかったぜ、天神山城。

生還!

帰りは下り坂だから早い。ギャンギャン降りて、調子に乗りすぎて道を間違えかけ
たりする。テヘッ。


イオに乗りこみ、帰路につきます。
国道140号をこのまま北上して、関越道の花園ICを目指す。
まだ真冬だけど、ちょっとずつ日が長くなってきたよね。17時でも明るいね。

17:09 関越自動車道 花園IC

今日も無事でいられました

ここからは大体行きと同じルートなのでサクッと書きます。

17:30 鶴ヶ島JCT

18:00 八王子JCT

18:08 中央自動車道 八王子IC

うん、渋滞も無く順調に八王子まで来れたぞ。

19:30 横浜の某所で室伏と解散

20:15 帰宅


「天神山城」の山歩きで頑張りすぎてヒザがプルプルっすよ。
明日以降、筋肉痛になりませんようにー。