岩手県海岸線全走破 (4-32)

2011.9.23-25
走行距離:1768km
実行人数:1名

東日本大震災の津波で壊滅的ダメージを受けた、三陸の沿岸部をドライブ。今回は観光は少なめです、ゴメンなさいね。

また、あそこに立つことができたなら

Chapter.1     Chapter.2     Chapter.3
Chapter.1 


2週間前、「九州一周ドライブ2011(4-30)」のときのことでした。
カーラジオから聞こえてきたのは、三陸海岸からのメッセージ。
「かつてほどではないが、観光地や景勝地も復興してきた。みんなも東北の活性化
のために遊びに来てほしい。」
…ざっとこんな感じの内容でした。

あ、なら行く。すぐ行く。
まぁぶっちゃけ先週行けたら行こうと思っていたんだけど、九州帰りでちょっとお疲れ

だったので近場になっちゃいました。
その翌週である今日、改めてアプローチします。

三陸ということは、岩手県と宮城県の海岸線沿い。
さーて、どちらに行くか、それとも両方行くか。
…日程的に片方だな。
そして行くならば2ヶ月前の「青森県海岸線全走破(4-24)」の続編という位置付け
で、岩手県に行くのが綺麗であろうな。


9.22

23:34 横浜出発

Chapter.1     Chapter.2     Chapter.3











深夜の出発

いやー、もう遅いね。街は眠りに着こうとしているこの時間に、愛車の"イオ"に乗っ
て岩手県までお出かけです。

何を隠そう、僕だってお疲れですよ。
昨日に台風15号が首都圏に激突したじゃないですか。僕も今流行の帰宅難民にな
りかけましたよ。帰宅に6時間半かかりましたよ。
帰りの工程だけで比べるならば、東日本大震災の日よりもキツかったです。

その翌日の今日のこの時間なので、疲れているのは当たり前っすわ。


9.23

0:00 首都高

0:58 川口JCT

首都高から東北自動車道に乗りました。
あんまり体力残っていないけど、走れるところまで走ろう。最低でも東北地方には
足を踏み入れたいな。

2:09 矢板北PA

栃木県の北部まで来ました。ここで一旦トイレ休憩ね。
関東で一時停止してしまうなんて相当弱っている証拠だけど、まだ走れるよ、僕。

まだまだ先は長い

福島県の白河に入ると、気温12℃の表示。
うげっ!寒いのね。まだ9月なのに、かなり冬っぽい気温だよね。
しまった。布団は毛布1枚しかないぞ。ちゃんとした掛布団持ってくれば良かったな。


3:14 安達太良SA

はい、震災ボランティアの行き帰りですっかりお馴染みとなったSAですね。
今年はこのSAにかなりの回数立ち寄っているぞ。
今回もここでちょっと寝るわ。かなり冷えるけど。

3:30 仮眠


6:50 起床

すっかり寝ちまった。外はもう完全に晴れ渡っている。
あ、でもこの車についているのは霜か?カビじゃないよな。これは岩手県北部まで行
けば相当な寒さになりますよ。これはドキドキするね。

7:06 出発

爽やかな朝の安達太良

前方から迫りくるモヤモヤ

8:47 長者原SA

宮城県の北部まで来ました。ここで休憩がてら、ルート考察をします。
今回の目的は岩手県の海岸線を南から北までトレースすること。

そうなると岩手県の一番南は陸前高田市だから、一関ICから「猊鼻渓」を通過しなが
ら国道343号か。
しかし同じく一関から国道284号を使えば、ほとんど前者と同じペースで宮城県の北
端の町である気仙沼に出る。

だったら気仙沼からスタートしてみましょうかね。気仙沼の様子も気になるもんね。

長者原

9:19 東北自動車道 一関IC

はい、岩手県に入ったところで高速を降りました。
過去、この付近にある「猊鼻渓」や「厳美渓」といった山間部の渓流・渓谷を観光した
りしましたね。
シルバーウィーク大暴走(3-73)」だったから、今からちょうど2年前ね。

しかし今回の目的地は沿岸部だから、これらはスルー。
国道284号で気仙沼方面に淡々と走ります。
ICから気仙沼までの距離はおよそ50km。なかなか遠いぞ。
この道も2年前に逆側から走ってきたルートだね。


<道の駅 かわさき>
9:45 道の駅 かわさき

北上大橋

2回目の訪問となる道の駅です。ここからは「北上大橋」っていう、北上川にかかる
橋を見ることができます。
3連休の初日だからか、駐車場は観光バスとかですごく賑わっていました。
ちょっと賑わい過ぎなので、トイレだけ借りて早々と出発します。


さらに国道284号を東の沿岸部に向かって走ることおよそ1時間。
ようやく気仙沼の町に入りました。まずは駅前に駐車してみようか。

10:45 気仙沼駅

『がんばろう気仙沼』

気仙沼駅

今から半年前の東日本大震災のとき、僕は初めて映像で目にした惨劇は、ここ気
仙沼のものでした。

3月11日の22:00頃。惨状は大体ネットニュースから取り入れていたものの、TVな
んて見ている暇も無くて対応に当たっていて。
ちょっとだけタスクが一段落したので、職場のリフレッシュルームにお茶を買いに行
ったのです。

そこのTVで流れていた映像が、気仙沼だった。
ヘリからの映像で、町は停電して真っ暗なんだけど一面火災が燃えている。
夜の山火事のような光景。

「津波で冠水した気仙沼市街で大規模な火災が起き、街は火に包まれています」
TVを見れた時間はほんの1分足らずだったけど、絶望するには充分な時間だった。
初めて震災の影響を現実味のあるものとして捉え、愕然とした。


駅周辺を歩いてみた。
震災が落ち着いた後に知ったんだけど、駅周辺は高台だったので無事だったらしい
ね。大火災もまるで気仙沼全体を覆ったかのように報道されていたけど、それはちょ
っと誇大だったらしい。

2年前も見上げた駅前の灯台型のオブジェ。
そして食事処を求めて入った駅の向かいのホテル。ちゃんと残っています。
だけども気仙沼線は今も復旧の見通しが立っていないんだよね?
束の間の安心と、それからこれから行く港方面への不安が同居していた。


駅を出発し、緩い坂を海方面に下って行きます。
市街地に出る。一見ちゃんと建っている建物だが、1階部分がボロボロになっている
物件が多く登場し始めます。

1階部分に津波の痕跡

こんなでも、建っている家はまだいい方なんだろうな。
ところどころにある空き地は、既に津波にやられていて、もう既にそのガレキすら撤
去されているんだろうな。
ところどころではショベルカーが忙しそうに動き、そして家の住民が作業に勤しんで
いる。

さらに道を下ると、向こうに港が見えてきた。
そして道路のガードレールもグニャグニャになっている。
ここは気仙沼湾という名の深い入り江。地形上、津波の威力も高まったに違いない。

気仙沼の漁港

崩れた家屋の山

漁港には普通に船が停泊している。既に漁は再開しているのだろう。
ただ、漁港関連の建物は何もないし、その前面の道路もアスファルトが剥げていて、
かつてのルートを通れない。

張ってあるロープに誘導されるままにガタガタ走っていると、しまいには誘導員の人
が出てきて「この先は通過できません」って言われちゃった。みんなUターンしている。
海沿いの県道26号はここで寸断しているようです。
また気仙沼駅の向こう側まで戻り、国道45号で北に行くしかない様子。


国道45号で唐桑半島の付け根を通過。
シルバーウィーク大暴走(3-73)」では岬の先端まで行っているんだけど、今回は
行かなくていいや。広く浅く沿岸部を走り回りたいので。

家の基礎だけが残る

宮城県最北部の、唐桑町の広田湾に面したエリア。
家の基礎だけが残り、あとはどこかに消えていってしまっています。かろうじて高台
にある家だけがポツポツと残っている。

11:32、宮城県から岩手県の陸前高田市に入りました。

津波浸水想定区域

東日本大震災の1年前での「三陸海岸縦走(3-84)」のときには「ふーん、こんなも
のもあるんだー」くらいにしか思っていなかった、津波浸水想定区域の標識。
いたるところにあります。

その標識と実際の被害エリアとを見比べてみる。
浸水想定地区より下は完全に被害を受けている。どうやらそこにもたくさんの家が
建っていたようだね。

さらに想定地区の上も余裕で津波が到達している。
想定以上・想定外の規模だったということだね。
同じことが福島の原発にも言えるので、想定外なんてことはあってはいけないんだ
ろうけど、でもやっぱこの規模はハンパないよ。

わずかに残った鉄筋コンクリ

<道の駅 高田松原>
11:40 道の駅 高田松原

岩手県に入って数分の場所にある、陸前高田市の道の駅。
ここに是非来たかったのだ。
僕の震災前の記憶とはずいぶん景色が変わってしまってビックリしたけど、特徴的
な外観のメイン施設が残っていたのでわかったよ。

道の駅の駐車場

やぁ、また来たよ

国道を挟んだ第2駐車場は見事に崩壊している。施設の正面が比較的綺麗だった
ので、そこにイオを停めました。

一見あまり被害を受けていないように見えるこの建物も実は相当ガタガタ。
各所が崩れたりヒビが入ったり。そして横側や裏側は水たまりだらけで近付けない
部分もありました。

生々しい傷痕

歪んだ鉄骨

次は中を見てみましょう。最初はメインの入口から。
シルバーウィーク大暴走(3-73)」や「三陸海岸縦走(3-84)」で写真を撮ったのが
ここの入口部分からの内部だったよね。

けんか七夕の山車はいずこに…

捜索終了

うん、過去2回にわたり、ここいらの郷土芸能である"けんか七夕"に使用される山車
の写真を掲載してきたよね。あんまりよく知らないけど、山車同士を激しくぶつけて争
うんだって。
ここには今泉組の華麗な山車が展示されていたんだ。

今は足の踏み場もないほどのガレキ。天井も壁もダイナミックに崩壊しています。
あまり深入りするのはリアルに危険と思われます。

廃線の垂れ下がる部屋

津波に飲まれた写真

ある部屋には床に写真が綺麗に並べられていました。
どれも津波のヘドロでドロドロになったものを丁寧に洗浄したものと思われます。
持ち主の元に帰れる日を、この写真たちはこうして待っているのでしょう。

胸が痛いね。福島県の南相馬で遺留品洗浄作業やったときも、その大半が写真だ
ったからさ、それを思い出してしまう。アレは考えすぎる精神的に来る。


さて、本当のここに来た目的は実は道の駅の建物ではなくて、「高田松原」そのもの
なんだ。日本百景にもノミネートされている巨大な松原。
しかし津波で1本を残し消滅してしまったという。
最後に残った1本は「奇跡の一本松」として有名になったよね。
それを是非この目で見てみたいのだ。

しかし、ここから松原まではどういけばいい?
対岸に横たわる砂洲だったと記憶しているが、その砂洲がもうほぼ消滅している。
さらにそこまで行く道も津波で無くなっている。

そもそも2kmほどに広く存在していた松原の中のどこに「奇跡の一本松」があるのだ
ろうか。
一度イオに乗り込んで付近を1往復する。
あった!あれか!南端に近い部分だね。道の駅より手前にあったか。
国道からは200mくらい?津波に覆われた部分を歩かなければいけないので、イオ
は国道沿いの空き地に停めておこう。


<高田松原・奇跡の一本松>
12:09 高田松原・奇跡の一本松

壊滅した松原

ヘドロの山

足もとがガタガタになっている中、ボロボロの建物とかガレキの山を横目で見ながら
一本松を目指す。
なんか日差しが強くて暑いな。今の時点で気温は27℃もあるらしいぞ。
なーんだ、昨夜は結構冷え込んだけど、こんなもんか。やっぱ余裕かも。

奇跡の一本松&YAMA

背後の陸前高田ユースホステル

これが奇跡の一本松か。見上げるほどに大きい。10mはあるのかな?
本当に何もない荒野の中、一本だけしっかりと立っているのだ。まさに奇跡。

江戸時代初期にこの地に6000本ほどのクロマツが植えられたのが高田松原の始
まり。その後、松の本数は7万にもなり、日本百景に認定されたりもした。
観光客は年間100万人にも及んでいたそうだ。

しかし2011年3月11日の東日本大震災に伴う10mを超す津波により、たった1本を
残して全ての松が消滅してしまったのだ。
災害の失意に沈む人たちに対し、この松がどれだけ希望を与えてくれたことか。

復興の象徴

しかし、春には元気だったこの松も、津波による海の接近と地盤の沈下に伴う塩害
で、徐々に状態が悪くなってきているらしい。

初夏には新芽すら出ていたんだけど、それも枯れてどんどん弱っている。
付近には浸水を食い止めるためのバリケードや、海水を排水するためのポンプが設
置されているんだけど、それだけじゃ防ぎきれない様子です。

どうにか元気になってくれればいいけれど…。
ただ、今回の目的の1つであったこの松を見れて良かった。ちょっと感動した。

※このおよそ1ヶ月後の調査で、根がほとんど腐っていて再生できないとの決断が出
  ました。ポンプ類の稼働も停止してしまったとのことです。残念…。
  接木を育てるなどで、子孫を増やす計画に切り替えるらしいです。


国道45号をさらに10kmほど北上すると、大船渡の街に入ります。
ここも東日本大震災の津波で壊滅的なダメージを食らった地です。

倒壊した「まるまつ」

曲がったバス停でバスを待つ

南相馬・リバイバル(4-13)」に書いたけどね、当初の僕の震災ボランティアの舞
台は南相馬ではなくて、ここ大船戸になる予定だったんだ。
ちょっと確保できた日数が少なすぎてより近い南相馬になったんだけどさ。
ようやく震災後初めて大船渡に来ることができました。

震災が来る1年前の「福島太平洋岸ドライブ(3-82)」のときのことでした。
吹雪で立ち往生を食らった福島県北部で、僕は同じ境遇の1人の学生君と出会い
ました。彼大船渡出身で、故郷に向かって車で帰る最中でした。

「えっ!大船渡を知ってるんですか、すごい嬉しいです!」とか言われました。
「2日後までに大船渡に帰りつけなければ、人生にかかわる」とか言って、焦ってい
ました。

彼は今、無事なのだろうか…。
確かにちょっとマイナーだった大船渡も、今では震災のせいで日本中のほとんどの
人が聞いたことのある町の名前になってしまったよ。

大船渡駅前

思い出の地を探して

記憶を頼りに国道を反れて駅のある海側の県道230号方面にハンドルを切る。
目指すのは、 「シルバーウィーク大暴走(3-73)」でお世話になった某旅館。
確か駅から200mほどの好立地。
しかしネット検索では1〜2件しかヒットしない、激レアな旅館。

当時、シルバーウィークで岩手県中のホテルが埋まっている中、ノウハウをフル活
用して見つけ出したのがその旅館だったのだ。
超繁忙期にも関わらず他に客がいない旅館。
ただ、オーナーのおばあさんもおじいさんも親切で、そして綺麗でレトロで温かみの
ある旅館。思い出に残っていたんだ。

水の溜まる街

駅から海側は、ほとんど人がいない。以前は活気のある駅前だったのにな。
とりおり作業トラックが通るくらいだ。
しかもいろんな箇所で水が溜まっていて危険な状態だよ。

わかりやすい場所にあったはずの旅館を探すのも一苦労。
なにせ、景観が変わりすぎている。
海にほど近いし、さらに川がとても近くにあったから、周辺の建物はほとんど残って
いないのだ。
あっちだったかな?こっちだったかな?ウロウロする。

ここだったか?

12:54 大船渡の某旅館跡

うん、たぶんここ。
実はGoogleアースを使って、この旅館が消滅していることは確認済み。
それでも自分の目で確かめてみたかった。

あの日、オーナーのおばあさんと協力して一緒に布団を敷いたね。
「ABCマート」の紹介をしたね。
「東京の娘に靴を買って送ってもらおう」とか言っていたね。

おじいさんは僕が「自分で出したゴミは持ち帰りまますから」って言っているのに、「
いいから預けなさい。こちらで捨てておくから。」と引き取ってくれたよな。
朝の駐車場で、思ったより寒くてクシャミを連発する僕はおじいさんとおばあさんに
笑われたよね。

「それでは、行ってきます!」
手を振りあってここを出発したのは、ちょうど今から2年前の9月21日の朝でした。
居心地のいいレトロ旅館は無くなってしまったけど、おばあさんとおじいさんがどこ
かで無事でいることを、心から願います。

水浸し

<道の駅 さんりく>
大船渡から無料の三陸自動車道を少し走り、何度か立ち寄っている道の駅にやっ
てきました。
ここは山の高台にあるので津波の心配はなかった様子だね。

13:13 道の駅 さんりく

三陸ワカメは日本一

ここではトイレ休憩のみとします。
そろそろお腹が減ってきたのだ。釜石あたりでお昼にしたいと思うのだ。
釜石でのご飯は「三陸海岸縦走(3-84)」にてドッタンバッタンしてかなり大変だった
ので、今回こそはスムーズに食にありついてやるという野望を持っています。


引き続き山間部の国道45号を北上していると、急に空が曇ってきたよ。
これは雨が降ってもおかしくないような天気だね。
気温も一気に10℃下がり、17℃になっちゃいました。
むー…、岩手県の沿岸北部は午後にちょっと雨がぱらつくかもって天気予報で言っ
ていたけど、ここまで急落しちゃいますかー。

釜石の中心部に近付くにつれて、片側交互通行が増えてきました。
復旧工事とかで2車線はまだ使えない状態なのだね。

釜石観音

13:58 釜石駅

すぐ近くにはガレキの集積場みたいのが出来てて、ガレキ山積みでした。
「三陸海岸縦走(3-84)」で停めたのと同じ、駅前の駐車場を使用する。
そんでね、狙うのもあの時と同じ駅の真横の「サン・フィッシュ釜石」内のお店です。
懐かしいね。

駅前のサン・フィッシュ釜石
釜石駅

前回は観光案内所でこの「サン・フィッシュ」内の「まんぷく食堂」を薦められたのに、
ランチ営業しかしていなかったので夕食にありつけなかったのだ。
それで代わりに同じ施設内にある「和の膳 みや川」っていうお店にしたの。
今回は改めて「まんぷく食堂」を狙います。


<「まんぷく食堂」>
「いきなり黄金伝説」だとか「おもいっきりDON!」だとかのTV番組に取り上げられた
ことがあるらしいお店です。かなりお手軽な料金で海鮮丼とか食べれるのだ。

お店の前に並ぶ

うわっ、かなりの人が並んでいました。10人ちょい位が店外にあふれていた。
ここまではほとんど観光客なんて見かけてなかったのに、ここだけ別格だった。
僕が到着してから3分後、店員さんが「ここまでで締め切りまーす」と言って受付が
終了した。
僕が最後の客です。危ねっ。15:00閉店だから余裕だと思っていたけど、すごく紙
一重だったのね。

30分ほど待って店内に入る。
お腹が減っていたので、一番ゴージャスっぽい三陸海宝漬定食っていうのにした。
訪れている以上、なるべく復興を推進できるようにお金を落とすよ。
ま、それでも宿は取らずに車中泊なんだけどね。ご飯くらいは奮発するよ。

三陸海宝漬定食

アワビ・イクラ・メカブとかがギッシリ貝殻に詰まったメニュー。
テンション上がるー!うまいー!


15:10、釜石駅を出発。
再びう国道45号に乗るために海側に行くと、すぐに津波の被害を受けたエリアへと
入りました。
駅前は若干高い場所にあったから、紙一重で被害を受けなかったのだね。

駅の反対側は津波被災地
降り出した雨

ぬぅ…。ついに雨が降ってきちゃった。そして空も暗い。
ちょっとテンション落ちるなー。ただでさえ被災地を繋ぐドライブなので気持ちが重く
なっていて、あまり観光要素を盛り込めていないんだもん。
雨が降ったら尚更観光気分じゃなくなってきちゃうわ。

しかももう9月も下旬に差し掛かっている。今日は秋分の日だもんね。
もう既に日没はかなり早まっているのだ。
活動できる時間はあと2時間半もないくらいだろう。昼食直後ではあるが、1日の終
わりのこともそろそろ考えておかなければ。

屋根の壊れたガソリンスタンド
曇天の国道45号

ガソリンスタンドの屋根が津波で壊れている。…ということは、あの高さまで津波が
届いたということなのだろう。
「高さ10m」と言われても即座にピンとは来なかったりもするが、実際にこれを見ると
戦慄が走る。こんな高さまで波が来たら、逃げられる自信が無いよ。

宮古まで45km

宮古まで45kmか。最低でもそこまでは到達できるな。
その前に本州最東端の「トドヶ崎」に立ち寄るべきかどうか…。
これが現在の最大の課題です。

突端マニアとして絶対踏まなければいけない。
特にこの震災後においても岬の先端までつながる道路や遊歩道が生きているのか
どうか。全くと言っていいほど情報が無いので、直接調査したいのです。
しかしそれを今日にするか明日にするか。もうちょっと考えよう。

てゆーか、この写真での着目すべきところはそこではないね。
下の方が折れ曲がっているのです。まさか、あそこまで津波が来たのか…!?

大槌町の中心地
草原となった住宅地
頭上のフェンスにも津波の爪痕

15:40頃、大槌町にやってきました。一瞬だけ日差しが出たね。
ここも津波で壊滅状態となった町。町長が地震の災害対策本部を庁舎で立ち上げ
た直後、津波が来て行方不明になっちゃったんだよね?
震災直後は連日ニュースで報道されていた町だね。


<四十八坂展望台>
大槌町と山田町のほぼ境界、国道45号の高台にある展望所です。
ここは立ち寄るのはこれが初めて。

15:44 四十八坂展望台

展望台からの眺め

古くは交通の難所で、曲がりくねった道が続いたことから名づけられた四十八坂。
高台のフェンスは地震の影響か倒れていて、先端までは進めない。
そのせいなのか、それとも天候のせいなのか、景観は正直イマイチだった。


<道の駅 やまだ>
15:58 道の駅 やまだ

坂を下り、陸中山田の道の駅までやってきました。
よかった、ここの道の駅は無事だ。

陸中山田

もし本州最東端の「トドヶ崎」に行くのであれば、数km北上してから重茂半島へと入
る県道41号に分岐しなければならない。
そこからは深山幽谷な三陸の秘境、重茂半島を車で40分ほど。
ささらにそこから岬までは徒歩で1時間。

うーむ、ダッシュでギリギリといったところか。
震災と津波の影響で、さらに時間がかかることも覚悟しないといけないだろう。
しかしせっかくの突端なのだから、綺麗に晴れているときに行きたい。
今日のこの天気ではちょっと期待できそうにないな。

じゃっ、今日は止めだな。明日の朝一に行こう。
そうなると、今日の宿泊地は重茂半島の北側の入口に近い、宮古となるね。
うん、ちょっと時間が余っちゃいそうな気はするけど、プランは固まった。

アプローチは明日に宮古から

それでは、今日やるべきことはあとは風呂と夕食くらいだな。
宿泊は「道の駅 宮古」でいつものように車中泊すればいいし。
まぁ、宮古の道の駅はきっと営業はできないような状態だろうけどね。
車中泊くらいはできると踏んでいるのだ。

ボロボロのドラッグストア
1階は空洞化
山田を通過

国道45号で重茂半島の付け根部分を貫通する。
あのね、僕の記憶によると、重茂半島の付け根のすぐ北部まで行くと、国道沿いに
「マース」っていう宮古温泉の施設があったのだ。
そこでお風呂に入って、それから道の駅に行けばスムーズだよね。

しかし「マース」は無事なのだろうか。ちょっとドキドキしながら進む。
そして、悪い予感が当たっちゃいました。

看板だけ残った「マース」

残っていたのは、看板(?)だけ。肝心の建物がありませんでした。基礎だけ残って
いた。あぁー、残念。ここもダメだったかぁ。
ツーリングマップルを見てみたけど、ここから先には入浴施設が無いぜ。
どうしよう。とりあえず道の駅を目指そう。

夕日射す宮古へ
壊れた施設たち

天気雨?空は少しずつ明るくなってきているんだけど、パラパラ雨は降り続く。
町はまだ信号が復旧していなくて、とても走りづらい。怖いね。

そしてなんか正面からの日差しと寝不足ですごくダルい。眠い。
早く道の駅に行かねば。なんかお風呂を探す元気があるかどうか不安だ。


<道の駅 みやこ>
三陸海岸観光の拠点として、日本2周目の道の駅が出来た当時から何度か使って
いる道の駅です。

16:50 道の駅 みやこ

道の駅は津波で閉鎖されていました。広い駐車場には車1台いません。
とりあえず外は雨だし、僕はグッタリしているし。
車内で10分ほどゴロゴロしてました。
そしたら雨が止んだので、ちょっと道の駅付近を散歩したいと思います。

無人の道の駅
怪しい雲

道の駅の施設は窓やドアの全てをベニヤ板で覆われて中の様子がわかりません。
どうなっているんだろう。
だけれど外装のヒビや破壊状況を見るに、1階部分はほぼすべて浸水したのだろう。

ここを一番最近利用したのは「三陸海岸縦走(3-84)」。
「トドヶ崎」に行く直前にお昼ご飯を食べたんだ。あのときもチリ地震からの津波の直
後で、道の駅のTVで津波を恐れる人々のインタビューを見ていたっけ。

散歩していたらちょっと元気が出てきました。
近くにお風呂は無いかな?携帯電話から検索をすると、銭湯が2軒ある。
山側なので震災後も営業しているみたいだ。そこに行ってみようかね。

銭湯に行こう

<「旭湯」>
17:24 「旭湯」

宮古駅から内陸方面に車まで数分。住宅地の中にある銭湯を発見しました。
あの、僕は銭湯は初めてです。ドキドキする。
TVとかのメディアでどんなものであるか、多少の情報はあるんだけどね…。

初めての銭湯

正面玄関を入ると、いきなり巨大な鏡。うごっ、ビックリした。
そして受付も何もない。あれ?どこでお金を払うんですか?
とりあえず玄関には下駄箱があり、男湯と女湯の入口があるのでそこから中に入る。

すると入ったところに番台。男湯と女湯の両方見れるような立地にそれがある。
あぁ。これはどこかで聞いたことのある造りだ。そこでお金を払うらしい。

玄関
脱衣所

へぇー、昭和っぽーい!なんかワクワクするー!
脱衣所には壁面一面のいい気な鏡。そして古ぼけたテーブルやイス。
そしてロッカーの上には常連さんの物と思われるお風呂セットがズラリ。

中は富士山の壁画、と思いきやアルプスだった。どうやら女湯は富士山らしい。
なんかクセのあるボタン式のカランを押すと、「ブババッ!」っととんでもない勢いで
お湯が出るし、お湯と水の配合も難しいし。
いいねー、僕の想像していた銭湯と重なる。

地元の人ばっかりで、刺青のおじさんとかもいて、そんで湯船は普通の温度とぬる
い温度があるのに、ぬるい方でも僕にとってはメチャ熱い。
貴重な体験が出来て面白かったです。


風呂上り、宮古駅の近くのコンビニで夕食用にサラダと酒・おつまみを買いました。
では、道の駅に帰りましょう。


<道の駅 みやこ>
18:20 道の駅 みやこ

暗闇の道の駅

写真では明るいけど、実は肉眼ではほとんど何も見えません。
街灯もないし人も誰もいないし。少し場所を離れると港で漁船が光を発しているんだ
けど、その光が当たるほど近くで車中泊なんてしたら迷惑だしね。

道の駅をウロウロしたんだけど、どこも暗い。漆黒の闇。
しょうがない、ちょっと怖いけどこの闇の中で飲み会をするしかないよね。
ランタンを出してきて、外で夕食。
かなり涼しいけど、銭湯で火照った体には気持ちがいい。

闇の中1人

そのうち目が慣れて、怖くなくなったよ。
あと、お疲れなので酔いが回るのが早いです。普段の3倍酔う。
なんか楽しくなってきたー!ヒャッハー!!

あと、真っ暗すぎて星が綺麗です。

20:00 就寝